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アインシュタイン・ハイツ 302号室 藤井祐一

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二日目


「お、今日はおにぎりだ」
 空手部の一年が、差し入れに手を伸ばす。
「昼に空手部の誰か、肉巻きおにぎりくれたじゃない。だから、そこまで行かなくても米の方が、腹持ちがいいかと思ってさ」
「あ、オレオレ。ヒントになったならちょっと嬉しいかも」
 『小原』と運動部専用のカバンに刺繍された生徒が、手を挙げる。
「おう、サンキューな。名前、覚えたからな。悪い、人数多くて皆一度には覚えられなくてさ。申し訳ないんだけど、小原を始め、皆、お袋さんたちにごちそうさまって、伝えてくれ」
 所々で『おー』という返事の声が聞こえる。
「ちなみに、ラップ無着色が鮭フレーク、黒マークがチャーシューのコマ切り、赤マークが明太子だ。昨日人数が計算できたから、一人二個ずつ作ってきたけど、多いとか足りないとかは上手く調節してくれ。ダイエット中の娘とかいたらゴメン。で、海苔とお手拭きがこれ。食い終わったら、ラップはこの袋に、ウェットティッシュはこっちに入れてくれ」
『おぉー』
 昨日に引き続いて、コーラス部と空手部で歓声が上がり、瞬く間におにぎりと海苔が消えていく。
「あー、後、喉に詰まるかと思って今日はお茶も持ってきた。紙コップはこっちな。ウェットティッシュと一緒に可燃ごみに入れてくれ」
 紙コップとポットを置くと、再び歓声が上がる。
「気が利くじゃない、おさんどん係」
 いち早く手にしたチャーシューのおにぎりを海苔で巻いてパクつきながら、尾形が祐一の方を見た。
「結衣ちゃん、折角の厚意にそんな言い方しなくても」
「だって、昨日に引き続いて今日も差し入れよ。しかも今日はおにぎり」
 平家が軽く窘めるのもお構いなしで、尾形は平家にもおにぎりを差し出す。
 平家は視線だけで祐一の方へ疑問符を投げかけて、祐一が頷くのを確認してからそれを受け取った。
「『おさんどん』って、古い言い回しだな、おい」
「そうなの?普通に使うもんだと思ってたわ」
 尾形は僅かに唇を尖らせながら、小さな口でチマチマとおにぎりを囓って行く。
 なるほど、流石は『学園の妹』。
 この『生意気小動物』っぷりに庇護欲を掻き立てられる者も、少なからず居るだろう。
「いい!?今日もしっかりあずさちゃんを送り届けるのよ!今日は事件も有ったんだし、三倍増しで要注意なんだからね!」
「流石、レディは仰ることが違いますね」
 尾形の言葉に、祐一は頷く。
 冗談でもなく、上履き盗難の被害が続出したからこそ、祐一は明確に『敵』の存在を確信することができた。
 つまり、今日からは『気がする』という事態への対応ではなく『本番』ということだ。
「冗談じゃないんだからね!ただ事で済まなかったら、おさんどん係もクビなんだから!」
「…家計的な部分では、藤井くんはそっちの方が助かる気もするんだけど。ホントに、あまり無理しないでね、藤井くんは」
 平家が尾形を窘めつつ、心配そうに祐一の方を見た。
 尾形の心配を他所に、平家の声や表情はそれほど心配していないように『視える』。
 だが、必ずしも祐一への信頼がそうさせているわけではなく、何処か韜晦しているような色も同時に『視えた』。
「そんな事無いもん!おさんどん係をすることで、こうやって空手部のヒーローとかコーラス部の綺麗どころと仲良く出来るんだから、それ以上のメリットなんかないもん!」
 尾形が唇を尖らせて不平を鳴らす姿を見て、祐一と平家は顔を見合わせて苦笑しあった。
 今日の差し入れも、好評の内に空になった。