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水岡 きよみ
水岡 きよみ
novelistID. 46973
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みずいろ

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私や杏奈ちゃんが学校で使っているコントラバスには、それぞれ名前がついているという。
その名前はすべて、去年卒業していった私の先輩のそのまた先輩である、御薗(みその)先輩というすごく美人な女性がつけたらしい。私はその御薗先輩に三回ほど会っている。


私が吹奏楽部に入りたての頃、部室にはコントラバスが3台あった。

うち一台は私が初めて外部の演奏会に参加するかしないかの頃に、県内の他の学校から借りていたものだからと返却された。その子の名前は「キャサリン」と言って、明るすぎない程度に明るい、よく家具に使われているような色をしていた。

いま私が使っている上品な深いこげ茶色のオリエンテの楽器は、とても長い名前で何度教えてもらっても結局覚えることはできなかったけれど、辛うじて略称が「ことさん」であることはどうにか覚えた。
その、「ことさん」はわが中学の吹奏楽部にあるコントラバスの中では一番新しいようで、御薗先輩がものすごく楽器が上手で、あまりにも巧いから当時顧問だった先生がその先輩のために買ってあげたという武勇伝つきのすごい楽器だ。

だから、私はいつもその楽器を持つたびに怖くて、手が震えた。
また楽器をぶつけたらどうしよう、足を滑らせて楽器とともに階段から転げ落ちてしまったらどうしよう、そんな風に不安になった。


そう、私は過去に楽器を地面に思いきりぶつけてしまったり、急いでいた下り階段で足を踏み外して楽器とともに滑り落ちたりしてしまったことがあった。
今でも、楽器を部室にある木でできた収納スペースに納める際に楽器のてっぺんにある渦巻き状の部分を軽くぶつけてしまうことがあり、咄嗟に「ごめんなさい!」と叫ぶのはもう日常茶飯事となってしまっているが(本当はこの部分をぶつけるとチューニングが狂いやすくなるので良くない)、それでもあれは周りの部員の呆れを伴う冷ややかな視線と自分が借り物の楽器を使っているという重い責任とのダブルパンチで今でもかなりのトラウマとなっている。


そんな、私がたくさんの傷をつけた可哀想な楽器が、まさに今杏奈ちゃんが運んでいるオレンジ寄りの明るい茶色をした楽器・「セバスチャン」であった。
杏奈ちゃんにはもちろんこのことを話した。私のせいではなくもとよりだが、A線(アー線、三弦のことである)が壊れていて、他の弦よりもチューニングが狂いやすいことも話した。
彼女と私は2学年歳の差があるので、私が卒業したら遠慮せずすぐさま私が今使っているほうへ乗り換えてよい、というかそうして欲しいという旨も伝えてあるが、やはり武勇伝持ちのきれいな楽器には抵抗があるのか、そんな滅相もないと遠慮していた。
あれからまだ、一か月くらいしか経っていない。



そうこう反芻しているうちに、楽器をぶつけることもなく無事に楽器置き場まで運び終わった私たちは、打楽器の搬入を手伝うためにまたトラックの方へ戻ろうとした。が、先ほど弁当の時に席を空けてくれたチューバ2年の峯岸(みねぎし)くんが「一ノ瀬先輩、搬入なら俺で終わりでしたよ!」と教えてくれる。
峯岸くんにお礼を言い、ならば先にチューニングしておこうと杏奈ちゃんに提案して調弦をしているうちに、いつのまにか顧問が来ていた。
「本番の3つ前にここに集合してください。それまではホールで他校の演奏を聴いてください、聴くことも勉強です」「ハイ!」
慣れきった顧問の指示に被せるように、慣れきった甲高い返事のユニゾンが響く。もちろんそのユニゾンには私の返事も含まれている。
先ほど鞄を預かってくれたバリトンサックス1年の子から自分の鞄を受け取ると、軍団の流れに合わせてホールへと入っていった。
作品名:みずいろ 作家名:水岡 きよみ