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風のごとく駆け抜けて

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「よし、じゃぁまずはこれを着ようか」
峰木さんが私に白衣を渡して来る。
生まれて初めての白衣だ。

「こっち向いて」
さっき入り口にいた男性がデジカメを向けてくる。
カメラを向けられ、思わず私は笑顔でピースをする。

「峰さん、これ澤野のパソコンの壁紙にしときますか」
「そうね。よろしく。彼はあなたのお姉さんと同じ4年生の北村和樹君ね」

「どうも」
北村さんが軽く会釈をして、奥の机にあるパソコンの前に座る。
あれが姉のパソコンだろうか。

あっと言う間に、今撮った私の写真が壁紙に変わる。

と、私はあるものに気付いた。

一枚のDVDだ。
「聖香1年、県高校駅伝」そう書かれれてあるが、その字はあきらかに母の物だった。

テレビ中継を録画したものだろう。
姉にも送っていたのか。

そう言えば姉は長期休み一度も帰って来なかった。
私も今回、一年振りに会ったが、両親はもう二年半会っていないのではないだろうか。

あいかわらず電話は頻繁にしているようだが。

「ああ、これ? 澤野がたまに見てるのよ。妹さん、足速いのね。うらやましい」
峰木さんが言いながら私に缶コーヒー渡してくれた。

「まぁ、座りなさい。で、教員免許が欲しいの?」
「ええ。実はさっきまで教育学部以外でも取れるって知りませんでしたけど」

「そっか。そうねぇ……。たとえばうちの学科だと、生物や化学についてかなり専門的なこともやるからね。そう言う意味では、先生になった時に、かなり詳しく生徒に教えれると思う。教育学部は教師になってから役に立つことがいっぱい学べるかなぁ」

「一長一短ってやつですか」
「そうね。個人的には、高校教師一本だったら、理学部などの方が良いかなって思うけどね。後は妹さんがどんなことに興味があるか。例えば、実験が好きじゃないと理学部とかはきついし」

なにか思いついたのだろうか、峰木さんが笑顔になる。

「せっかくだから、やってみましょうか」
私が頷くと峰木さんが準備を始める。

峰木さんに教えてもらいながら行う初めての作業は、思った以上に楽しかった。

ダイヤルを合しボタンを押せば、決められた量を取れるピペット。

ビーカーの中に液体と短い磁石の棒を入れ、台の上に置くと磁石が回転して液体を混ぜてくれる機械。

1000分の1グラム単位で計れる天秤。

どれも初めて見る物ばかりで、とても魅力的に感じらられ、私はおもちゃ屋にやって来た小さな子供のように熱狂していた。

「よし、これで終わりね。どうだった?」
「はい。すごく楽しかったです」

その言葉は心の底から出て来た。
こう言うことが出来るなら、理学部に進むのも悪くないのかもしれない。
そんな気持ちが見透かされていたのだろうか。

「はい。妹さんにはちょっと早いかもしれないけど、これあげるわ」
峰木さんが大きな封筒を渡して来る。

封筒はかなり分厚かった。
口が開いていたので、中に入っていたものを取り出してみる。

入学案内に学部紹介、学校の特徴。
どうやらこの学校の資料のようだ。
入試を考えている人向けのパンフレットだろう。

「私、博士課程にも進む気でいるから、再来年もこの学校にいるわよ。意味分かるよね」

「えっと……。この大学に入学してねってことでしょうか?」
正解と言う代わりに峰木さんはニコッと笑ってみせた。

「ちなみにこれが過去問とこの大学の偏差値」
北村さんが大学の名前が入った赤色の本と、ネットからプリントアウトした紙を渡してくれる。

直近の模試の結果から見れば、もう少し頑張れば合格出来そうな位置に自分がいることが分かった。

と、姉がドアを開けて帰って来る。

「なんで聖香が白衣来てるのよ」
不思議そうな顔で私を見て、自分の席へと戻る姉。

「って、どうして壁紙が聖香なわけ。峰木さんですか? それとも北村?」
私達の方を睨んでくる姉。
でも、ため息をつきながら「まぁ、いいか」と持って帰って来た器具を片付け始める。

「ちなみに、妹さんうちの大学受けるって。良かったわね、麻衣も大学院進学希望でしょ? 再来年は仲良く同じ学校よ」

峰木さんの一言に姉は手を止めて、またこっちを睨む。
いつのまにか、私がここを受けることが決まっていた。

でも、なにか目標を決めるきっかけなんて、こんなものかも知れない。

「聖香、それ本気?」
と言う姉の一言に、
「うん。高校理科の教員免許が取れるし、麻衣姉ちゃんがいない間に色々と作業をしてみたらすごく楽しかった。大学に入ってもっと色々やってみたい。なにより熊本も好き」
と笑顔で答える。

その後、実験を終え帰宅する姉に学校の中を案内してもらう。

ガラス張りの近代的な建物が図書館だと知った時は、唖然とした。
中に入ると市立図書館よりもはるかに広く、フロアが全部で5階あると知った時は、目まいすらしそうになった。

中庭は、ドーム状になった屋根が随分と高い場所に設置してあり、庭のいたるところに木が植えられ、まるで森林の中にいるような落ち着いた雰囲気が全体に流れていた。

驚いたのは購買だ。
教科書はもちろんのこと、小説、漫画、雑誌などはちょっとした本屋並のラインナップ。飲み物や食べ物もコンビニ並みにそろっており、文房具や電池なども充実。さらには自転車やパソコンまで売っていた。

姉がどう言う思いで案内をしてくれたかは分からない。

でも、姉の説明を聞くたびに、私はこの大学に来たいと言う思いが強くなっていたが。