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能登織 森永
能登織 森永
novelistID. 18299
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ゆめオち

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2,影




景色が変わらねぇ。どこも砂ばかりだ。

分かり切っていたことだが、いざその現実を前にしてみると呆然とするしか術はない。
もう何分歩いたことだろう。傷一つないこの足だが、長時間酷使していれば疲労が溜まってくるのは当然のことだ。
俺は一旦立ち止まり、この砂と闇をじっくりと観察してみることにした。

確かに辺りは暗い。しかし、光も何もないはずのこの世界を俺は目視できている。
砂の灰色を感じている。自分の肌色も、自分の履いている赤も。
何処かに光があるのはまず間違いない。だが、その根源を見る事を俺はできないでいた。

月明かりを辿ろうにも、その月がない。
これは、少なくともここが俺たちの住んでいる世界ではないことを至極はっきりと物語っている。
やはりここは地獄なのだろうか・・・。
そうだとすれば、閻魔大王様は随分と俺たちに長い旅路を用意してくれたもんだ。

一通り上は見た。今度は下だ。
といっても、自分の足と砂以外認識できないのは百も承知だ。
砂が何か特殊なものじゃないか?沈み込んだ靴の間の砂を握り、その一握の砂を凝視してみる。
絹のようにきめ細かい、良質な砂だ。快楽すら感じてしまう触り心地がその砂にはあった。
要はただのいい砂である。無礼ながら、乱雑にばらまいてやった。
調べるものがなくなり、俺は先へ進む事を余儀なくされた。

進んでいるのか戻っているのか。そもそも出口はあるのか。
俺は、考えても何の解決にもならないことばかり考えていた。
しだいに、その思考は今おかれてる状況への恨みに変わった。
何で俺はこんな目に・・・。
俺が何をしたっていうんだ?
地獄に行くような事はまだ何もしていないはずだ。
犯罪に手を染めた事など一度もないし、これからもそんな事はないだろう。
いや、虫ぐらいは殺したが・・・。
それだけで果たして地獄に行かなくてはいけないのだろうか?
ならば、天国に行ける人間は赤ん坊かジャイナ教徒ぐらいしかいない。
つまらない場所なのかもしれないな、天国は。

ここまで考えていた事は何の価値もない事だ。そんなことは、俺にとって大きな価値を持つものを目にすればたちまち消える。
そう、目の前にいる人影のようなものを。

目の前と言っても、その人影は100mほど離れた場所に位置しており、最初はただの点でしかなかった。
俺は、とにかくその100mを縮めたかった。一人ではやはりどうする事もできない。
気がつくと、俺は駆け足になっていた。
見たい、語りたい。そんな思いが胸を満たした。

近づくにつれて、その人影は男である事に気づいた。
顔と体型からするに中年男性のようだ。
いや、年齢とか性別なんてものはこの世界では意味を失っている。
俺は駆け足を続けた。
そして、異変に気づいた。
その男も駆け足だったのだ。いや、そこはいい。
問題は、その男がひどく怯えた顔をしていたことだ。
目尻が下がり、眉間には皺。見開かれた目と口。
なにより、俺なんかよりよほど必死に走っていた。
人に会える喜び。そんなことを思っている様子では決してない。

男との距離が1/4に縮まる。今度は声が聞こえてきた。
「殺される!いやだ!まだ死にたくない!」
殺される?死ぬ?何を言っているんだ。
あ、そうか。
俺の足は止まっていた。
彼は理性を失っている。
無理もないだろう。気づいたら何もないこの砂漠だ。
元から精神が病んでいて、この空間ではついに幻覚が見えるようになってしまったというわけか。

そう言うための確固たる理由が俺にはあった。
彼の命を奪うような要素が、そこには一つもない。
何が起こってもおかしくないこの砂漠だ。化け物が出ても何ら不思議ではないと俺は思っていた。
しかし、彼の後ろにはただ空と砂があるだけだ。
そして前には俺しか・・・。
後ろを振り向いてみる。自分の足跡以外に変わったものはない。
そう、彼の命を奪うものなどここには一つもないのだ。
作品名:ゆめオち 作家名:能登織 森永