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神坂 理樹人
神坂 理樹人
novelistID. 34601
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主人公症候群~ヒロイックシンドローム~

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プロローグ



 めったに人の入らない辺境の森の中に、少女が一人住んでいた。
 背丈から察するに、十を超えたくらいだろうか。穏やかな木洩れ日だけを浴びた肌は透き通るように白く、絹糸のような髪はさらに白く。光を受けては輝くようなロングヘアーだった。くりくりと丸い栗色の瞳は純真さをそのまま具現したようで、目に映るものを曇りなくとらえているようだった。街中ではとうに廃れてしまった染物のワンピースを身にまとい、藍色の大きなリボンが特徴的だ。
 誰の力で作ったのかわからない豪奢なログハウスは、およそ一人の少女が住むには大きすぎるほどだった。
 木漏れ日の差し込むはめ殺しの窓からただただ続く木々の群れをぼんやりと眺めながら、少女は昼過ぎのティータイムに耽っている。
「今日も、来ない」
 簡素な木製の椅子に腰かけたまま、左手で寄り添う愛犬の頭を撫でる。
 彼女が窓越しに待ちわびているもの。
 それは王子様。下らない俗世から自分を見出し、特別な世界へと誘ってくれる水先案内人。
 それは英雄。自分の恐れるものから身を挺して守ってくれる勇者。
 それは恋人。絶えることのない愛を囁き、この身を温め続けてくれる伴侶。
 ずいぶんと昔に読んだ童話。王妃から疎まれ森の奥深くに住むことになった美しいお姫様を、偶然にも見初めたように。私にも必ずそんな瞬間がある、と少女はそう信じていた。
 小人はいないけれど、立派な家の中は埃ひとつ見当たらない。着ている洋服も汚れてはいないし、頬がこけることもない。巨万の富を持つ少数と、貧困にあえぐ大多数に二分されたこの国で、少女は十分な幸せと生活を送っているように見えた。
「でもそれじゃあ、つまらないわ」
 湯水のように金を使って豪遊することも、その日の食べ物にありつくために雀の涙のごとき賃金で汗を流すのも彼女はよしとしなかった。一日、二日ならそれも面白いかもしれない。しかし、三日目になったらどうだろう? 一週間経ったら? 一年過ぎれば誰もその繰り返しに嫌気がさしてくるだろう。そんな生活こそが彼女が最も忌み嫌うことだった。
「もう誰でもいいんだけれど」
 最後の一口を飲み干して、空っぽになったティーカップに語りかける。
 この退屈な日常を破壊してくれるのであれば、この際高望みはしない。容姿は妥協してもいい。地位も高くなくていい。収穫の終わった畑を新しい種まきのために耕すように、ただ繰り返す日々を根底から覆すような変化を連れてきてほしいと願っていた。
 ほうっと吐いたため息とも呼吸とも取れないそれが、白くならないことに少女は気づく。
「そっか、もう春が来てるのね」
 もう一度窓の外を覗くと、心なしか木々が生き生きと新たな生命の息吹を生まんとして、寒さに固まった節々を伸ばしているようにも見えた。
 少女もまた伸びをする。暇を持て余して編み始め、もうすぐ完成を見るはずのマフラーが活躍するのは来年のことになりそうだ。
 次の日、少女はドアを叩く音で目が覚めた。編み物をしていて夜更かしをしてしまったが、自分の感覚を信じるなら、それほど太陽は高くないと思えた。
「もし、どなたかいらっしゃいませんか!?」
 木製のドアの訴えは紳士的で、向こう側にいる人間が賊の類ではないことがわかる。寝ぼけ眼をこすりながら、少女は覚醒しきらない脳を動かした。
「迎えが来た。待ち望んだ王子様が!」
 着ていたパジャマを脱ぎ捨てて、新しいワンピースに袖を通す。お腹が小さく鳴いたが、今はそんなことに構っていられない。玄関側で忘れ去られていた姿鏡に自分を映してみる。
 大丈夫。それほど悪くない。
「お待たせしました。どちら様でいらっしゃいますか?」
 少女は待たせていた王子様に可憐な笑みを浮かべる。その向こうに立っている青年はそれに驚いたように目を見開いていた。
「騎士様?」
 少女は第一印象を端的に言葉にした。自分のものとは対照的な金色の髪。鋭く吊り上っているであろう目は、今は少女を見て大きく開かれていた。すらりとした四肢は細いのではなく、無駄がないという表現が似合っている。軽装ではあるが、肩口とバックルに刻まれた国章はこの森を所有する王国のそれであり、腰に帯びた長剣の鞘にも刻まれていた。
 ふいに少女は、この王国騎士からの要件を聞きたくない衝動に駆られた。確かに昨日、誰でもいいからこの退屈を変えてほしいと願った。しかしいくらなんでもこれはひどすぎないだろうか? 少女は普段は祈りもしない神に悪態をつく。
「あの」
 我に返った青年騎士は、少女に訪ねた。
「こちらにカンパーニュという方が、いらっしゃると聞いたのですが?」
「えぇ、おりますが」
「もしかして、あなたが?」
 カンパーニュと呼ばれた少女は、こくりと一度だけ頷いた。
 青年騎士はまた驚いたものの、さきほどよりかは幾分か平静を保ったようで、きつく少女を見つめてこう続けた。
「一緒に来ていただけますか?」
 この一言をカンパーニュはどれほど待ちわびただろう。幾日も窓の外を眺めながら紅茶をすする日は終わりを告げるはずだったのだ。
 この騎士がカンパーニュという名前を知らなければ。
 彼女の意思を察したかのように家の中から犬が猛然と飛び出し、答えを待っていた青年騎士に飛びかかった。
「悪いけれど、お断りね」
 すれ違いざまに、悪びれもなくカンパーニュは告げた。その名前を背負ってあの忌々しい女王に会うわけにはいかないのだ。
 少しずつ新芽を伸ばし始めた木々の間を走り抜けながら、チラリと後ろを振り返る。
 追ってきているような気配は感じなかった。
「退屈はしないけど、もう少しマシな運命はなかったのかしら?」
 始まった逃走劇にさして残念でもなさそうにカンパーニュは呟いた。