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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ

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『ふーん、複雑そうな事情あり、か。でなきゃ悪魔祓い師と魔術師が一緒にいたりしないよね・・・・・・ああ気分を悪くしたならごめんよ。さっきのは冗談さ。例えばの話。どうも人と話すの久しぶりだから嬉しくなっちゃって。余計なことまで訊いちゃったね。今はそういう場合じゃなかった』
 そう言って、オリヴィアは立ち止まった。
『というわけで、ついたよ』
 そこにあったのは、へこんだ床に水が溜まってできた小さな池だった。天井近くの壁から細く水が注ぎ、水面に波紋を作っている。水底と岸辺にはヒカリゴケと燐光を放つ草花が咲き、池全体を幻想的に照らし出していた。
『ダチュラの毒に効くのは一つだけ。エゼールって名前のこの豆だけだよ』
 そう言って、オリヴィアは岸辺に生える植物の一つを指さした。その植物の重そうに垂れ下がるさやを指してさっさと取りなよと促すので、アルベルトは手を伸ばして茶色いさやをもぎ取る。筋を取ってさやを開くと、中には大きな豆が収まっていた。
 それは確かに、覚書に記されていたダチュラの毒に効く薬草と同じものだった。正確には草ではなく豆だ。覚書には褐色で扁平な形をしているとあるが、この豆はまさしくそんな形をしている。
『半分くらいから試してみて。食べすぎちゃ駄目だよ。これも毒だからね』
 豆を眺めていたアルベルトに、オリヴィアがそう釘を刺す。確かに、エゼールは大量に食べると中毒を起こすらしい。その一方で、少量ならば解毒剤にもなる。覚書の情報が正確ならばオリヴィアの言は正しく――きっと、信用して大丈夫だろう。
 オリヴィアに言われた通り、豆を半分に割って片方をリゼに渡した。少しずつ食べてみてくれと説明してから、アルベルトは思い切って豆を口に入れた。
 豆は相当に苦く、酷く食べづらかった。だが味を気にしている場合ではないので、どうにか飲み込む。苦みはすぐ気にならなくなったが、あまり好んで食べたいものではない。
 そして飲み込んで数秒後、変化は突然訪れた。
 霧がかかったような脳裏に、次々と記憶が蘇ってきた。過去から今へ、時を進めるかのように。ミガーに来たこと。ルルイリエ。禁忌の森。“憑依体質(ヴァス)”。森の中の集落。神殿。そして――
「・・・・・・思い出した」
 神殿に入った時、キーネスに閉じ込められたこと。ティリーが突如アルベルト達のことを忘れて戦いを挑んできたこと。魔術で崩落した床から地下に落ちて幻の森にたどり着いてから、今に至るまで――記憶に空白はなく、ちゃんと繋がっている。エゼールの効果は絶大なようだった。アルベルトの様子を見て、エゼールを不審そうに見ていたリゼもとにかく毒ではないと判断したらしい。掌に乗せたまま豆をようやく口に入れた。
 リゼの記憶が戻るまで、それほど時間はかからなかった。彼女も問題なく記憶が戻ったようで、エゼールの効果は確かということだ。となれば、あとはこれを必要としているもう一人に届けなくてはならないだろう。
 ティリーだ。彼女もダチュラの種を植え付けられたせいで記憶を失ったのだ。
「ティリーを探さなくては。放っておいたら、彼女もダチュラの苗床にされてしまう。エゼールがあれば毒を中和できる」
 アルベルトはそう言って小さな布袋を出し、豆をいくつか取ってそこにしまう。そうしているうちに、エゼールが効いたことを確認したオリヴィアが先程とは打って変わって真剣な表情で尋ねてきた。
『一つだけ、訊いていいかい? あんたたち、ここのことはどうやって知ったの? 誰かに案内してもらったのかい?』
 エゼールを仕舞い終わったアルベルトは、そう問うオリヴィアを見返した。戻ったばかりの記憶をたどり、どうしてここに来たのかを思い出す。
「俺達はキーネスという人物に魔物退治の協力を依頼されてここに来た。そしてこの神殿に入った時、キーネスは入り口を閉じてしまった」
 それを聞いて、オリヴィアは深々とため息をついた。酷く悲しそうに、そして悔しげに。それに加えて、わずかに怒りも交じっている。彼女は前髪をかきあげ、くしゃりと握りこんで、
『――ありがとう。やっぱり、そうか』
 思い詰めたような表情で考え込むように空を見つめる。その様子からして、オリヴィアは何か知っているらしい。いや、ここに生霊として存在しているのだから、何か知っていて当然か。
「キーネスのことを知っているのか?」
 そう問いただしてみると、
『知っているも何も、あいつは・・・・・・』
 怒りをこらえるかのように目を閉じて、オリヴィアはまた深くため息をつく。それから目を開けて、彼女は決心したように話し始めた。
『あいつはここに人を連れてきて、神殿内に閉じ込めてるんだ。そうすると、この中の魔物に襲われて、ダチュラの種を植え付けられて記憶喪失になる。表に集落があったろ? あそこにいた奴らがそうさ。記憶を失ってあの集落の住人になって働いて、毒が回りすぎて働けなくなったら、たぶんダチュラの苗床にされてしまう。完全にそうなるには時間がかかるみたいだけど』
「それって――」
 人間はダチュラの苗床に。そのダチュラに、悪魔が取り憑いて魔物となる。悪魔はダチュラに取り込まれた人間の魂を喰らうのだろう。
 キーネスはその手伝いをしているということなのか・・・・・・?
『この神殿の奥に悪魔の親玉がいて、そいつが指示してるんだ。そいつを倒さなきゃならない。あたし達もそのためにここに来たんだけど――』
 オリヴィアはそこで言葉を切ると、何かを思い出したのか、
『色々説明したいことがあるけど、あんたたち、他に仲間がいるんでしょ? なら速く行ってやって。毒の作用も発芽のスピードも個人差があるみたいだから、もし速い奴だったら下手すると手遅れになる。ただでさえ神殿の中にいたら発芽のスピードが速まるみたいなんだ。これ以上、犠牲者が増えるのはごめんだよ』
 オリヴィアは強い口調で言って、上へ行けそうな道があっちにあるよ、と来た道とは違う方向の通路を指す。
『ついてって案内したいところだけど、あんまり遠くへはいけないみたいなんだ。仲間を助けたら、一度ここに戻ってきて。あたしの知ってること、もっと詳しく話すから』



 アスクレピア神殿の入り口は、光が届くギリギリまで闇を満たして、ぽっかりと口を開けていた。
 吸い込まれるように生温い風が吹き抜ける。奥から響いてくるのは、虚ろな呻き声のような音。おそらく風の音だろうけど、漂ってくる禍々しい気配と相まって物凄く不気味だ。中を窺っていたゼノは、その気配から感じ取れる神殿内の危険さに、速くも臨戦態勢になった。
「中はヤバそうだな。さすがにおまえはここで待ってろ。守り切れるかどうか自信がねえ」
 中を窺いながらそう言うと、隣のシリルが心配そうな表情をしながらも分かりましたと頷いた。正直、この集落にシリル一人を置いていくのも一抹の不安があるが、とりあえず住人達は無害そうだし、神殿内の危険さに比べたらなんてことはないだろう。
「気を付けてください」
 シリルの見送りの言葉を聞きながら、ゼノは神殿内へ一歩踏み出した。入った途端、冷たい空気が足元に纏わりつく。魔物がいる場所には必ずある、あの冷たく粘つくような気配だ。