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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ

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『あんた、あたしが視えるんだね?』
 幻の森を抜けた先、薄闇に包まれた部屋の中に立っていた緑色の髪の女性は、そう言ってアルベルトに一歩詰め寄った。髪と同色の瞳が有無を言わさぬ雰囲気で注視してきて、アルベルトは反射的に首を縦に振る。すると女性は頭を抱え、しくじったという様子で呻いた。
『マジか・・・・・・それなら速く声を掛ければよかったんじゃん・・・・・・そりゃああたしが見える人がいるなんて思わなかったけどさ・・・・・・』
「ああ、その、なんて言うか、俺の方こそもっと速く呼び止めていれば」
『まったくだよ!』
 勢いよく頭をあげ大きな声でそう言われたで、アルベルトは驚いて思わず一歩身を引いた。しかし彼女の方にアルベルトを責めるつもりはなかったらしい。一転、あっけらかんとした様子で言葉を続けた。
『と言いたいところだけど、そんなこと言ってる場合じゃないね。先にあんた達を治さないと』
「治す?」
『ダチュラの毒に掛かってるんだろ? 解毒しないとね。こっちに来て』
 そう言って、女性は身を翻すとすたすたと歩いていく。彼女はダチュラに効く薬草のある場所を知っているというのか。少なくとも女性が向かう先からは水の流れる音が聞こえ、薬草の生育条件である水辺はありそうだ。とにかくついて行ってみようとアルベルトは後を追った。
「誰と喋ってるの」
 すると、完全に蚊帳の外の状態のリゼが、不満げにそう訊いてきた。そうだ。彼女には見えていないのだ。対話があまりにも自然で、相手が普通の人間ではないことを忘れてしまいそうになる。とにかく状況を説明しようと思ったところで、アルベルトは相手の名前を聞いていなかったことを思い出した。
「ああ、そうだ。名前を――」
『オリヴィア。オリヴィア・セロン』
 そう言って、前を行く緑の髪の女性――オリヴィアは振り返った。
『名乗るのを忘れてたね。あんたたちは?』
「俺はアルベルト・スターレン。彼女はリゼだ。君は・・・・・・幽霊なのか?」
『失敬な。まだ幽霊じゃないよ。・・・・・・たぶんね』
 オリヴィアは肩をすくめてそう言うと、また前を向いて歩き始めた。足早に歩を進めながら、口調だけは世間話をするような気安さで話を続ける。
『あたしの今の状態を一言で表すとすると、生霊ってところかな。話すと長いんだけど、あたしはまだ死んでない・・・・・・はず。どちらにせよ生身じゃないから、今まで誰にも気づいてもらえなくてねー。あんたはなんであたしが視えるんだい? そっちの人には見えてないみたいだし、ひょっとして悪魔祓い師には視えるもんなの?』
 一瞬、アルベルトが返答に詰まっていると、オリヴィアは振り向いて付け加えた。
『あんた悪魔祓い師だろ。さっき戦うところを見てたよ』
「そうか。・・・・・・悪魔祓い師で俺のように幽霊の類が視えるのは、知っている限り俺だけだ」
『ふーん。それが幸いしたってことか』
 何か考え込むようにそう言って、オリヴィアは無言になった。どうして悪魔祓い師がミガーに――メリエ・セラスに来ている以上今いる場所もミガー国内のどこかのはずだ――いるのだとか、そういうことは訊かないらしい。そんなことを気にしていられる状況ではないからだろうが、問い詰められるような事態にならなくてアルベルトは少し安心した。
 会話が途切れたので、オリヴィアの姿が見えないリゼに、彼女の名前と会話の概要を手短に説明する。一通り終わったところで、リゼは驚いたように聞き返してきた。
「生霊? それは本当なの?」
「本人はそう言ってる。幽霊と生霊の見分けは俺にもつかないが、少なくとも悪魔や怨霊の類ではないと思う」
 ちゃんと意志があって、生前――いや、オリヴィアの場合は『生身の時』と言うべきか――と同じように振る舞う幽霊を久しく視ていない。近頃視る霊は、皆、霞のように儚く、明確な姿で現れたり言葉を交わしたりということはほとんどできなかった。子供の頃視ていた幽霊は生きている人と何一つ変わらない姿を取り、会話することができたのに。
 前を歩くオリヴィアの姿は、気を付けて視るとほんの少し透けているのが分かる。だがそれ以外は普通の人間と何ら変わらなくて、子供の頃そうだったように何故自分以外には視えないのか不思議なぐらいだ。
「それで、そのオリヴィアという人は信用して大丈夫なの?」
 当人を目の前にして、リゼは懐疑的にそう問うた。見えないのだから、オリヴィアが目と鼻の先の距離にいることなど彼女は知る由もない。――いや、近くにいることぐらいは分かった上での発言か。ともかく、アルベルトには少々答えづらい質問だった。
『うーん、信用してくれっていう根拠は出せないけど、例えばあんたたちを毒殺したとしても、あたしには何のメリットもないと言っておくよ。そんなことせずとも放っておいたらダチュラの毒か魔物があんたらを始末してくれるだろ?』
 リゼの言葉に聞いていたオリヴィアが返答するが、当然リゼには聞こえない。これは伝えるべきなのかとアルベルトは迷ったが、オリヴィアはといえば別段気分を害した様子もなく、少し楽しそうですらある。
『人を信用させるのって難しいよねえ。まあ、今は状況が状況だから当然だけど、疑り深い奴はとことん疑って来るから、特に一度やらかしてからだと打ち解けるのが大変で大変で。逆にぜんぜん疑わない奴はそれはそれで悪い奴に引っかからないか心配になるけどね。――そういやアルベルト。あんたはあたしを疑ってないの?』
「え? いや、信じるかどうかは、もう少ししてから判断しようと思っているんだが」
『ああ、現物を見てからってこと? それが一番いい方法かもね。やっぱ相手を納得させたかったら証拠を示さないとね。というわけで、悪いけどついてきておくれよ。あたし、物は全然動かせないんだ。生霊だからかな』
 明るくそう言って、オリヴィアはすたすたと歩いていく。妙にハイテンションで、浮かれているような様子だが、害意がある風ではない。生霊と幽霊を全く同じと考えて良いのかは分からないが、アルベルトは害意のある怨霊とそうでない幽霊の見分けが何となくつく。表情や言動ではなく、その人が纏う雰囲気のようなもので。最も子供の頃の話だから、今もつくかどうか分からないが――とにかく悪い人ではなさそうだ、とアルベルトはリゼに説明した。
 リゼは納得したのかは分からないが、拒否する必要もないと思ったのだろう。「なら、とりあえず薬草のある場所まで案内してもらいましょう」と言って、ついていくことを決めたようだった。それを見たオリヴィアが案内を再開して、三人は薄暗い通路を進み始める。その時、オリヴィアが不意に口を開いた。
『そうそう。ところであんたとそっちの、リゼだっけ? どういう関係なの? 兄妹には見えないし、付き合ってんの?』
 突然突拍子のないことを言われて、アルベルトは眼を瞬いた。この場合付き合っている、というのは、旅の連れかとかそういう意味で訊いているのではないだろう。――たぶん。
「まさか。そんなわけないよ。――まあ、色々と事情があって」
 今も同道している理由は思い出せないから分からないが。