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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ

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 暑い。
 ギラギラと照りつける太陽。舞う砂塵。寒冷地が国土の大半を占めるアルヴィアとは違って、熱気に満ち暖かな光が注ぐ国。
 そして、古くから脈々と魔術が受け継がれる場所。
 それが焔の国――ミガー王国である。



「暑い」
 テーブルに着いたリゼ・ランフォードは、今日何度目か分からない台詞を繰り返した。
 ミガー唯一の貿易港、メリエ・セラス。数日の航行の末この街についたリゼとアルベルトは、船長に礼を述べた後、港に駐在している騎士達の目を避けるため早々に町の外れまで向かったのだった。
 メリエ・セラスは貿易の街。その商店街はメリエ・リドスよりもさらに活気あるものだった。店と店の細い隙間まで埋めるように商品が並び、少しでもまとまったスペースがあれば、露天商が即席の商店を作る。秩序が重んじられるアルヴィアではメリエ・リドスの商店街すらも整然としているが、メリエ・セラスは整然とは程遠い。所狭しと並ぶ露店と大勢の通行人をかき分けて街を縦断し、ようやくたどり着いた街の外れの食事処で休憩を取っているところなのである。
「リゼは北の方の出身だったか。暑いのはやっぱり苦手なのか?」
 向かいの席で水を飲んでいた青年――アルベルト・スターレンが言った。
「苦手というか、慣れてない」
 日差しは強いし、汗が止まらない。乾燥しているから日陰はまだマシだが、日向に一歩でも出ようものなら日差しと砂塵に辟易させられることになる。今とて休憩に選んだ店が混んでいたため、外のテラスにいるのだが、日差しは傘によってさえぎられているものの風によって運ばれてくる砂塵と熱波は避けられない。
「そういうあなたはなんで平気そうにしてるの。ラオディキアだってアルヴィアじゃ北の方にある街でしょう」
「俺はラオディキアに来る前はずっと首都にいたからな。首都はそこまで寒くないんだ」
 アルヴィアの首都エフェソといえば、寒冷帯に位置するアルヴィアの中でも温かく過ごしやすい地域にある街のはずだ。とはいえ、ここほど暑くはないわけで。
(それじゃ理由になってない)
 涼しい顔をしているアルベルトに少なからぬ不満を抱きながら、リゼは暑さのあまりため息をついた。
 天を仰ぐと雲一つない空に眩しい太陽が鎮座している。鋭い日差しが陰る気配など欠片もない。
「・・・もう少し、日差しが和らいでくれるといいのに」
「今日もルーフ様はお元気なんだよ。いいことさ」
 その台詞と同時に、テーブルにコップを置く音が響いた。店員は片手に乗せたお盆からもう一つコップを取ってアルベルトの前に置く。
「お嬢ちゃん、暑いのは苦手かい? そんな色白じゃあ無理ないかもねぇ」
「・・・」
「暑いのに慣れてないってことは、東から来たのかい? あの辺はあんまり暑くないんだろ。それともルルイリエのお人かい?」
「・・・そんなところです」
 人のよさそうな、けれど相当にお喋り好きそうな店員に、長話に付き合わされる羽目になってはたまらないとリゼは必要最低限の言葉だけを返す。幸いなことに店員は別の客に呼ばれ、すぐに去って行った。
「ところで、本当に隣町まで行くのか? ティリーを待たなくてもいいのか?」
 運ばれてきた飲み物を一口飲んでから、アルベルトはそう言った。リゼも同じく運ばれてきたばかりの冷たい飲み物を口にする。
「数は少ないとはいえ、メリエ・セラス(ここ)には教会の奴らがいるでしょう。だったらさっさとこの街を離れた方がいいわ。それに、わざわざティリーを待つ必要があるの?」
「彼女は付いて来たがるんじゃないか」
「研究のためにでしょう。私があいつの予定に合わせてあげる必要はない」
 お喋り好きで知識を得ることが大好きなティリーは、リゼにしてみればとても面倒な相手である。ミガーへ行く方法を教えてくれたことは感謝しているが、わざわざ到着を待ってやるほど一緒にいたいとは思わない。元々、一人でいる方が気が楽なのだ。
 そう、だから。
「それと、あなたは私についてくる気なの?」
「・・・・・・え?」
 そういうと、アルベルトはきょとんとした顔でこちらを見た。リゼ空になったコップをテーブルに置き、そっけなく言った。
「私はあなたと一緒に旅する必要性も感じないけど」
 アルヴィアにいる間は、半ば成り行きではあったものの、アルベルトの方がアルヴィア南部の地理に詳しいこともあって同道していたが、ミガーに来た今、その必要性はなくなった。アルベルトはこのまま同道するような口ぶりだが必要性がないならやらない。ただそれだけのことだ。
 アルベルトは何も言わない。手に持っていたコップをテーブルに戻し、何を考えているのかただ黙っている。しばらく間、重い沈黙が続いたが、やがて彼は口を開いた。
「・・・そうだな。でも――」



 その時、大きな鐘の音が響き渡った。
 音源は街の門の上にあるようだった。時刻を告げる鐘にしては、せわしなく騒々しい。なんとなく緊急の知らせであることは分かったが、それ以上のことは見当がつかなかった。
「おーい! 魔物が出たぞ! 南門の方だ!」
 その時、外から知らせの声が聞こえてきた。魔物、という言葉をきいて二人は思わず立ち上がり、南の方に目をやる。確かに南の方から黒い影が近付いてきているようだった。
 一方で、周りの客や店員たちはさっさと屋内に入ったりテキパキと商品を片付けたりしていた。魔物襲撃という知らせに慌てふためく様子はない。むしろ驚くほど冷静である。
「ちょっとそこのお二人さん! ぼぉっとしてないでさっさと店の中に入りなよ!」
 店員の一人が表に出していた商品一式を運びながら言う。陳列していた商品は結構な量だったはずなのだが、どうやったのか非常にコンパクトにまとめられている。
「外にいるのは構わないけど、とばっちりにあっても知らないよ。最近、魔物が多いから下手するとここまで来るかもしれないよ」
「魔物? あれは魔物が来たという知らせなのか?」
「そうだよ。それもあの分だとなかなか厄介な魔物のようだね」
「厄介? まさかここまで入ってくるということか?」
「そうなるかもね。ま、魔物なら魔物退治屋が何とかしてくれるから問題ないよ。ただ万が一のことがない訳じゃあないからね」
 売り物が台無しになるのは困るよ、と言って店員はさっさと店の中に入っていく。その手慣れた動作を見るにこういうことはよくあることのようだ。
 それにしても、先ほどの店員の発言。
「魔物退治屋、か」
 話は聞いたことがある。魔物退治屋――すなわち魔物狩りを専門とする者のことだ。アルヴィアでは騎士や見習いないし下位の悪魔祓い師がやることを、ミガーでは民間人がやっているらしい。危険極まりない行為だと思うが、教会という組織のないミガーでは致し方ないのかもしれない。
「それでも、魔物がやってきている以上、放っておくわけにはいかないな。退治しないと・・・リゼ?」
 いつの間にいなくなったのやら、彼女の姿はどこにもなかった。



 厄介というのは空を飛ぶという意味らしい。