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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ

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 話がぶっ飛びすぎておつむがついていかない。シリルがそんな厄介なものを抱え込んでいたなんて。目の前の少女が一瞬遠い存在になってしまったような気がして、ゼノは思わず黙り込んでしまった。その様子を見て、キーネスがやれやれといった顔で仕切りなおす。
「・・・・・・とりあえず彼女をゆっくり休ませるのが先だ。今後のことは落ち着いてから考えれば良い。俺の事務所にいくつか部屋が余ってるからそこを使え」
 その提案に反対するものはいなかった。



 雲一つない満天の星空が広がっている。キーネスはぼんやりと窓の外を眺めた。シリルとかいう子供はまだ目を覚まさない。しかし、夕方に比べれば大分呼吸も穏やかになってきた。事務所に戻ってきてからゼノは片時もシリルのそばを離れていない。ベッドの傍らに椅子を落ち着けて、そのまま何時間も銅像のように動かないでいた。あまりに動かないので寝ているのかもと思ったが、ただじっと考え込むようにシリルの顔を見続けていた。
(どこの忠犬だ、お前は)
 深夜零時過ぎ。いつまでそうしているつもりなのだろう。見るに見かねてキーネスは声をかけた。
「お前ももう寝ろ。体が持たんぞ」
 薄暗い部屋の中にずかずかと入り込む。本当に一歩も動かなかったようだ。案の定カーテンすら閉められていなかった。この部屋が一番景色が良い。星空窓枠の中におさまった一枚の絵のようで、とても幻想的だった。その淡い光に照らされた横顔がこちらを向く。
「あぁ・・・ティリーは?」
「とうにご就寝だ。隣の部屋が空いてるから好きに使え」
 途端おどけたようにゼノが笑った。
「優しいのねキーネス〜っ! そうね、寝不足はお肌の大敵だもんね〜っ」
「・・・・・・」
「オイなんかリアクションしろよ」
 やれやれといった顔でゼノがため息をつく。何でこっちが呆れられなきゃいけないんだ。何か言い返そうとして、けれどそれはゼノの呟きにかき消された。
「・・・・・・オレさ」
 静かだ。聞えるのは虫の鳴き声ぐらい。明かりのつけず、ただ薄暗い部屋の中で、キーネスはゼノの言葉を待った。
「オレ、こいつの護衛、最後まで付き合おうと思う」
「・・・・・・ローゼンからそいつの正体は聞いただろう。ただの依頼とは違うんだぞ。ここはミガーだからいいが、下手をすれば、お前まで教会の思惑に巻き込まれかねない」
「それでも、事情を聞いた以上放っておくわけにはいかねぇよ」
 このお人好しが。昔と何も変わっちゃいない。一体誰のために半年前出てったと思ってるんだ。思わず責めるような口調になる。
「・・・・・・罪悪感か。それでも同情心でも生まれたか」
「わかんねぇ。けどこのままじゃ帰れねぇ」
 ゼノが強い決意の瞳でキーネスを見上げた。一瞬青白く光ったように見えたのは、きっと外の光のせいだろう。
「そんなことしたら、オレは一生自分を許せなくなる」
 こうなった時のゼノは頑固だ。どんなに説得しても意志を曲げたことがない。いつもキーネスが根負けして終わる。今回も同じか、と悟ったキーネスは深く嘆息した。
「バカが」
 つかつか外へ向かう。もう用は済んだ。どれだけキーネスが止めようとしても、ゼノの気持ちは変わらないだろう。背後で落ち込んだ気配に声をかける。
「・・・・・・明日その子供が目を覚ましたら街を出ろ。そいつが悪魔を呼び寄せるなら街においておくのは危険だし、さっさと治してやる必要もある。・・・・・・安心しろ。ローゼンもいるし、一応俺も手伝ってやる」
 止められないなら解決策を用意してやるだけだ。なにしろこいつの頭の悪さは折り紙つきだ。悪魔憑きのガキなんて抱えたところで、助ける良い方法なぞ浮かばないのが目に見えている。幸いにもローゼンが解決策を用意してきてくれたから、あとは必要なものを揃えるだけだ。
(・・・・・・その方が俺も都合がいいしな)
「え? 手伝ってくれるのか? くう〜〜! やっぱお前は良い奴だなあ!」
キーネスが考えていることなど知らず、ゼノは嬉しそうな声をあげる。途端に明るくなったゼノの態度に、仕返しのように釘を刺す。
「まどろっこしい言い方をするな。要するに惚れたんだろう」
 一瞬の静止の後に、派手に椅子から落ちる音が聞こえた。
「ちげーよ! 惚れたとか、そんなんじゃなくてだな!!」
 がばぁっ! という効果音がしたのではないかと思うほど勢いよく立ちあがって、ゼノは反論した。面白いくらいのオーバーリアクションであるが、本人はいたって真面目である。キーネスは少し赤くなった悪友の顔を見ながら腕を組んだ。
「じゃあなんだ」
「おまえなぁ、うちのおふくろが身寄りのない子供を引き取ってんの、知ってるだろ! その子供にあいつがよく似てるんだよ」
 口をとがらせながらも、幾分か真剣な様子でゼノは言った。
「うちにいる弟や妹たちは、みんな親を亡くしたり捨てられたりしてる。おふくろはオレよりあいつらの方を可愛がってるくらいだし、あいつらもおふくろを本当の母親みたいに思ってるけどよ。それでも時々、 寂しそうな顔をするんだ。うちに来たばっかの奴はなおさらな」
 そう語るゼノは、少しばかり悲しそうで、悔しそうだった。
「やっぱり本当の親に会いたいんだよ。本当の家に帰りたいんだよ。でも帰れなくて寂しいんだ。シリルも時々同じ顔をするんだよ。あいつも家に帰りたいんだ。
 でも帰れない。帰すなと言われているし、本人も帰ってはいけないと分かっているみたいだ。だから帰りたいと一言だって言わねえんだよ。
なんていうかなあ。あんな寂しそうな顔されると悲しくなるんだ。本当の家に帰してやれねえけど、その分なんかしてやれねえかなって思うんだ」
 はあ、とキーネスはため息をついた。ああ、やっぱりこいつは人のために何かしようとする奴だ。母親に楽をさせるために、血のつながらない弟妹を養うために、退治屋という危険な職業を選んだような奴なのだ。仕事はいえ、深刻な事情を抱えた少女を助けようとするのはこいつにとって当たり前のことだ。
 全く、親友のそういうところは嫌いではないが、大きな頭痛の種でもあるのだ。
「・・・・・・ところでゼノ。言い忘れていたんだが」
「なんだよいきなり」
 突然話題を変更しようとするキーネスに、ゼノは首を傾げた。
「重要なことだ。今のうちに伝えておきたい」
 表情を変えずにそう言うと、ゼノは何事だろうという風に目を瞬かせる。その鼻先にキーネスは広げた右手を突き付けた。
「情報料を払え」
 ――数秒後、ゼノが派手にずっこける音と、親友から金取るなよ!!という抗議の声が聞こえた。