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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ

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「“憑依体質(ヴァス)”だって? それは本当か?」
 そう言うと、キーネスは間違いないと首肯した。アルベルトは腑に落ちたという顔でシリルを見たが、当の本人と初めて聞くリゼは何の事だか分からない。知っているなら教えろと説明を求めると、アルベルトは話し始めた。
「“憑依体質(ヴァス)”とは、何百万人に一人しかしない、極めて特殊な体質のことなんだ」
 悪魔に取り憑かれる原因は主に精神的な問題にある。つまり、精神面が弱っている人というのは悪魔に取り憑かれやすい。
「ところが“憑依体質(ヴァス)”の人間は精神面に何の問題もなくても悪魔に取り憑かれてしまう。それも取り憑くのはかなり低級な悪魔で、取り憑かれても浸食されず宿主自身も気付かないまま、何年もそのままの状態が続くらしい。原因はよく分かっていないが、先天的なものであるのは確かなようだ」
「つまり、生まれつき悪魔に取り憑かれやすい人間ってことね」
 アルベルトは頷き、そして、と付け加えた。
「“憑依体質(ヴァス)”の特徴は、複数体の悪魔に取り憑かれること。そして、周囲にいる悪魔や魔物を呼び寄せてしまうこと」
 それを聞いたシリルが、思い当たる節があるという風な表情を作る。彼女はうつむいてしばし考え込むと、静かに口を開いた。
「じゃあさっき魔物がたくさん襲ってきたのも、わたしがいたせいなんですね。あの猪に追いかけられたのも・・・・・・」
「いや、君が気を病むことはないよ。君自身の意志ではどうしようもないものなんだから。それに、あの猪の群れは違うだろう。あれは魔物じゃないし、森に入った人間に区別なく襲いかかるようだから」
 アルベルトが優しく言うと、シリルの表情が少しだけ明るくなった。彼女はちょっとだけ微笑んで、それから意を決したように話し始めた。
「時々、声が聞こえるんです。それこそ地獄(ゲヘナ)の底から響いてきているような恐ろしい声が。
最初は、ただの唸り声でした。でも最近、言葉を話すようになってきて。その頃でした。ある人から修道院に入るよう命令されたんです。突然のことで両親もわたしも困惑したし、兄はすぐに異議を申し立てたけど聞き入れられませんでした。
 修道院での扱いは酷くなかったけど、行動の自由は全く与えられませんでした。数日間、世話係と司祭の方以外に会わない生活をして気付いたんです。わたしは悪魔に取り憑かれているから、ここに隔離されているんじゃないかって。あれは悪魔の声なんじゃないかって。そう思ったら怖くて怖くて――」
 ぎゅっと服の裾を掴み、不安に満ちた口調でシリルは語る。彼女は始めから気付いていたのだ。自分が悪魔憑きであることを。
「でも・・・・・・おかしいんです。わたしが悪魔に取り憑かれているなら祓魔の儀式を受ければ済むことなのに、そんなこと一言も言われないんです。だからわたしの思い込みなんじゃないかって思ったんですけど・・・・・・その時、兄から手紙が届いたんです」
 教会は君を一生修道院に閉じ込めるつもりだ。護衛を手配させるから、教会から逃げなさい――と。
「修道院にいることが苦痛だった訳じゃありません。でも、悪魔憑きなんじゃないかって考えてたら怖くて、どうしても両親や兄に会いたかったんです。だからゼノ殿に助けてもらって、教会から逃げ出したんですけど―――」
「依頼主から家に戻すなって言われててさ。仕方ないからミガーに連れてきたんだ。家に戻ったら教会に見つかっちまうもんな・・・・・・」
「分かってます、ゼノ殿。それに、魔物を呼び寄せてしまうわたしが家に戻っても、家族を危険な目に合わせてしまうだけですから。だから、気に病まないでください」
 シリルは寂しげに笑って言った。しかし彼女は、不安と寂しさを抱えているようであっても、それに打ちのめされているという風ではない。むしろ必死でそれに耐えて、負けまいとしているように見える。悪魔に取り憑かれているなら、もっと悲嘆にくれる様子を見せてもおかしくないのだが。
 そんな少女の顔をじっと見てから、リゼは立ち上がった。
「事情は分かった。“憑依体質(ヴァス)”で、複数体の悪魔に取り憑かれている可能性がある。それだけ分かれば十分よ。悪魔を祓えば、全部解決なんでしょう?」
 なら、そうするだけのことだ。



『虚構に棲まうもの。災いもたらすもの。深き淵より生まれし生命を喰らうもの――』
意識を集中させ、術の文言を紡ぐ。詠唱と共に、光が生まれ、魔法陣が拡大していく。幾度となく繰り返してきたそれは、リゼの意志通りに悪魔祓いの術を描き出した。
『理侵す汝に我が意志において命ずる。彼の者は汝が在るべき座に非ず。彼の魂は汝が喰うべき餌に非ず』
 魔法陣の中心にいるシリルは、目を瞑り、祈るように握った両手を胸に当てていた。緊張しているのか、その表情は少し硬い。光の帯が駆け抜け、髪や服を揺らすたびに、不安そうに身じろぎした。
『惑うことなく、侵すことなく、汝が在るべき虚空の彼方。我が意志の命ずるままに、疾く去り行きて消え失せよ』
 詠唱の完成と共に、眩い光が小屋中を照らし出した。影すら生まれない閃光。それがシリルを包み込み、その中の暗い影をあぶり出す。図々しくも他者の身体に居座るそいつを引きずりだし、打ち砕いていく。が、
「い、や、だ」
 光の中から、絞り出すような微かな声が聞こえた。はっとして、悪魔ではなく宿主の少女の方に目を向ける。光の渦の中心にいる彼女はふらふらとよろめいたかと思うと、
「いやだぁぁぁぁぁぁぁ! やめてぇぇぇぇぇ!」
 それは悲痛に満ちた絶叫だった。胸に手を当て、身体を折り曲げてシリルは訴える。その表情は苦しげで、演技には見えない。
「おい! なんかすごく苦しんでるみたいだけど大丈夫なのか!?」
 その時、後ろで見守っていたゼノが酷く不安そうな顔をして詰め寄ってきた。リゼとシリル。その両方に目をやりながら、どうするべきか計りかねて狼狽えている。しかし、リゼには彼にかかずりあっている余裕はない。
「うるさい。話しかけないで」
「けどよ!」
 なおも訴えようとするゼノの腕を掴んだのはアルベルトだった。彼はすぐさまゼノを元の場所まで引き戻すと、苦しむシリルに視線を据えたまま言う。
「落ち着いて。あれはシリルじゃない。喋っているのは、悪魔だ」
 ゼノは目を丸くして苦しむシリルを凝視する。そう。悪魔がシリルの声を借りて喋っているだけに過ぎない。惑わされず、術を完成させなければ――
 ――ヤメロ
 硝子が割れるような音がした。空気が震え、帯状に展開した魔法陣の一部が粉々に砕け散る。渦巻く暗黒を従えて、シリルは紅く染まった瞳を開いた。
 ――ヤメロ。邪魔ヲスルナ
 少女らしい可憐な声に、彼女のものではない耳障りな声が混ざる。それは明確な言葉の形をとって、リゼに向けられていた。
(こいつ、喋る悪魔か?)
 そう言えば、シリルは時折、声が聞こえてきたと言っていた。彼女に憑いている悪魔は、ただ喚く影ではなく、明確な意志を持ち言葉を操るほどの輩なのだ。
 しかしそうであるならなおさら、
「するに決まってるでしょう。とっととその身体から出なさい!」