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Savior 第一部 救世主と魔女Ⅲ

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 ミガー王国は大きく四つの地域に分けられる。
 まず、貿易港メリエ・セラス周辺から南へ広がるルゼリ砂漠。厳しい環境にもかかわらず、転々と存在するオアシスを拠点にいくつかの街ができており、砂漠中央部には王都アフマルナールがある。
次に温帯に属する東部と西部。ミガー王国で最も農業が盛んな地域であり、国の経済と食糧供給を支えている場所でもある。
 最後に熱帯に属する南部地域。そのほとんどがジャングルで覆われており、人はほとんど住んでいないらしい。
 そして今現在、リゼ・ランフォードとアルベルト・スターレンが旅しているミガー西部の農業地帯である。
 ルルイリエを出たリゼとアルベルトは、次なる目的地としてミガー西部の町コノラトを選んだ。提案したのはアルベルトである。
 そもそもリゼにミガーでの明確な目的地があるわけではない。以前と同じように村や町を回って悪魔祓いをしようと考えていたくらいだ。しかし、それでは効率が悪いとアルベルトが主張した。何しろミガー王国という慣れない上に地理もよく分からない土地だ。まずこの国の悪魔被害の状況について調べた方が良いのではないかと思ったのだ。その点、ミガー西部に広がる農業地域の一つで、町の大半を広大な農地が占めるというコノラトには、農地を魔物の被害から守るため、悪魔退治屋が集まり、魔物の情報を交換し合っているのだという。そこへ行けば、魔物、さらには悪魔のことが分かるかもしれない。少なくとも闇雲に悪魔祓いをして回るよりはずっといいだろうと、二人はそこへ向かうこととした。
そしてコノラトへ向かう旅の途中。街道脇の森の中で休憩を取っていた。日は中天に差し掛かかるところで、強い日差しが容赦なく降り注いでいる。木陰に避難することで直射日光を防ぐことはできたが、暑さまでは防げず何もしていなくても汗が流れ落ちていった。気候が比較的穏やかと言っても、焔の国と称されるミガー国内であることには変わりない。砂漠よりいくらかマシなだけで、暑いことには変わりなかった
 その中で、アルベルトは荷物から取り出した書類を眺めていた。内容は例の麻薬に関する情報。メリエ・リドス市長ゴールトンに教えられたものである。懐に入れたまま大立ち回りを演じる羽目になってしまったのでかなりぐしゃぐしゃになっているが、まだ覚書としての用は果たしている。覚書に記されているのは三つの植物の名とその作用。どれも、アルヴィアでは見たことのないものだ。
「ベラドンナ、ヴァレリアン、それにダチュラ、か」
「何、それ」
 斜め前に座ったリゼがそう尋ねてきた。彼女の視線はアルベルトの手の覚書に向いている。
「例の麻薬の原料だよ。ミガーにしか存在しない植物だ」
 覚書の植物の記述を示してアルベルトは説明する。
「密輸してたのは完成品だったから、ミガーどこかでこれを栽培して麻薬を作っているはずなんだ」
 これらの植物はその危険な効能から、一部の薬を除いて使用も流通も禁じられているらしい。ということは、どこかで禁を犯して栽培しているということになる。
「幻覚、催眠、錯乱、記憶障害。確かに危険な植物ね。それで、ひょっとしてその植物を見つけるつもりなの?」
「見つけるというか、情報は集めておこうとは思ってる。ラウルが捕まったのなら麻薬の拡散は多少止まるだろうけど、麻薬なんてないに越したことはないし。勿論出来る範囲でだから、大したことは出来ないが」
 何も麻薬の原料に限ったことではない。せっかくミガーに来たのだから、出来る限りこの国のことを調べておくつもりだった。アルヴィアで手に入るミガーの情報は酷く断片的で、しかも故意に歪められていることが多いから、悪魔祓い師であっても正確な情報を手に入れることが難しいのである。
「麻薬のことを含め、出来る限りこの国について知っておきたいからな。俺には知らないことがまだまだたくさんある」
 覚書を仕舞いながらアルベルトはそう呟いた。



 夕闇があたりを支配する頃。広い畑の真ん中にその少年はいた。
 見開かれた目は紅く虚ろで、何もない空を見つめている。足取りは夢遊病者のように不確かで、背の高い作物が並んだ畑の中をふらふらと彷徨い歩いていた。
「待ちなさい」
 少年が足を止め、ゆっくりと振り返る。虚ろな瞳のまま佇む少年に向かって、リゼは悪魔祓いの術を紡いだ。
 悪魔祓いの文言が少年を取り巻いていく。その軌跡は光の帯となり、魔法陣を描き出した。その眩い光は少年を照らし、内側に潜んでいる黒い影をあぶり出す。悪魔の奇妙な啼き声が周囲に響き渡った。
 その時、作物の隙間からもう一人少年が飛び出した。その眼は紅く、奇声を上げ、リゼに向かって一直線に走る。だが標的の元にたどり着く前に、作物の間から現れたアルベルトが立ちふさがった。アルベルトは暴れ回る少年をいとも簡単に捕え、その動きを封じてしまう。
 新しい術が紡がれて、少年の周りにも魔法陣が浮かび上がった。少年の眼がかっと開かれ、黒い靄が身体から吸い出されていく。一人目の少年から離れた悪魔と共に、二体の悪魔は空中で光の檻に囚われた。そして、
『――疾く去り行きて消え失せよ』
 静かに最後の文言を唱えると、光の檻が悪魔を締め上げて浄化した。甲高い断末魔と共に悪魔は黒い塵と化して消えていく。同時に二人の少年は糸の切れた人形のように地に倒れ伏した。
 ミガー西部を旅してはや二週間。本来なら移動に二週間もかかる距離ではないのだが、時間がかかったのは土地と気候に慣れていないことと、なにより悪魔祓いをしながらの旅であるためだった。目的地はコノラトだが、急がなければならないという訳でもなく、悪魔祓いに手を抜くつもりもない。だからこうして途中にあるいくつかの町や村で悪魔憑きを癒しているのである。
「追いかけるのは面倒だったけど、この畑に逃げ込んでくれて助かったわ。ここなら人目を避けられる」
 周囲を囲む身長を優に越す作物を見ながらリゼは言った。アルベルトの忠告で出来るだけ人目を避けて術を使うようにしているのだ。
 何しろ、悪魔祓いを出来るのはリゼを除けば悪魔祓い師しかいない。アルヴィアなら悪魔祓い師か救世主だと思われても、マラーク教が普及していないミガーでは密入国してきた悪魔祓い師だとしか思われないのだ。宗教の違いから繰り返しアルヴィアの侵攻を受けてきたミガーで悪魔祓い師が好印象を持たれているはずもない。実際、ルルイリエを出て少し後に会った悪魔憑きの旅人を癒したとき、不審の目で見られたのだ。アルベルトが何とか誤魔化してくれたが。
「結局、ミガーもアルヴィアも変わらないわね。どっちにいてもこそこそしなきゃいけないんだから」
「仕方ないよ。君の能力が知れ渡ったらきっと面倒なことになる」
 面倒なことか、とリゼは嘆息した。救世主、魔女、悪魔祓い師。どこへ行っても勘違いされて面倒な目に合うのだから、まったく割に合わない。
「悪魔退治ぐらい好きにやらせてもらえないかしらね。誰にも迷惑がかからないんだから」
「誰にも迷惑なんて掛からない。それを分かってもらえれば――」
 誤解を解く方法を考えると言っていたんだし、さっさとその方法を考えてくれ。半ば八つ当たり気味にリゼがそう言おうとした時だった。