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架空植物園

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真珠桜



玖美は一緒に行くと言い張ったが、オレは何とか一人で行くことに納得して貰った。いずれバレるとは思うが、この大事な《真珠拾い》を終えるまでは情けない姿を見せたくはなかったのだ。吊り橋というか高い所が怖いのである。しかし、真珠桜のある場所は吊り橋を渡って対岸から河川敷に降りる以外は行くことができなかったのだ。

恋愛初期にこの真珠を自分の彼女に贈ることができれば、この恋愛は上手く行くという言い伝えはかなりの信憑性があった。この真珠は桜の木になるサクランボであるが、上流から流れてくる水に含まれる成分のせいで赤くならないで本物の真珠のような色になってから落ちるのだった。落ちる前にまだ青みの残っている時に採ってしまうと何故かすぐに腐ってしまう。当然その落ちた真珠を拾いに行く者は多い。しかし、車の通れない山道を1時間ちょっと歩くことになるので混雑するということは無かった。

オレは山道を歩く疲れよりも吊り橋のことを思うと気が萎えてしまうのを、玖美の笑顔を思い浮かべながら歩いた。以前、違う女性とこの吊り橋の所まで来たのだが、吊り橋を5メートルほど進んだとき、揺れが大きくなってへっぴり腰で戻ってしまったのだった。その女性は一人で渡りきって、戻ってくると「怖くなんかないよう。揺れるのが楽しかった」とニコニコしながら言った。もしかしたらバランスを崩して落ちてしまうということなど全然考えてもいないのだろう。

そんなことを思い出しているうちに吊り橋に着いた。オレは自分に気合いをいれるために腹筋力を入れ、拳を握って歩き出した。数メートル、まだあまり揺れない。下の流れを見ると怖いので、吊り橋の数メートル前だけを見て歩いた。徐々に揺れが大きくなってくる。落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせながら進む。いつの間にか腰の位置が低くなっていて、不自然な姿勢のまま歩く。腹ばいになったら恐怖感が無くなるのでは、と思いもしたが、それで対岸に着く時間が遅くなってしまう。視線を上げて対岸の方をちらっと見ると、そこは果てしなく遠くに見えた。もう前に進むだけだ。まるで足に重しが付いているようなもどかしい気持ちのまま歩いた。

揺れが弱まりあと10メートル。オレはいつしか走り出していた。もう一刻でも早く着きたかったのだ。長い階段を登り終えたような息切れをゆっくりと落ち着かせてながら河川敷への道を探した。すぐ近くにあったその道を下りた。その時に始めて薫風という表現がぴったりの風を感じた。


作品名:架空植物園 作家名:伊達梁川