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架空植物園

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どこか遠くで聞こえるような気がするが、すぐ近くのような気もする。幾つかの音の高さが混じり合っているが、和音でも不協和音でもない。少しずれたユニゾンのような音。オレはその音楽を聞き入ったが、すぐに風が止んで音も消えた。

オレは風を待っている。ついでに近くの捜索もする。
あっ、これだ! 何と自分が腰かけていた岩とその奥の岩の間にそれはあった。
形からそう思った。百合とリンドウを合わせたような花。それが太くて丈夫そうな茎の上にあった。百合もリンドウもやや下向きに咲くのだが、この花はしっかり真横にむいていた。

また風が吹いてきて音楽が鳴り出した。百合よりも膨らみのある花がしっかりと風を吸い込み圧縮して、後ろに流すのだろう。萼の後ろに小さな穴がある。そこから音が出てくるようだ。オレは岩を抱きかかえるようにして音楽を聴き、演奏家たちを見ていた。抗いがたい眠気が襲ってきている。どこかに引っ張って行かれるような感覚だった。オレは、それもいいだろうと思っている。ガクンと身体が落ちたような感じがした。

    *        *        *

オレは生きて行くために、やりがいの無い仕事を終えてアパートに帰るところだった。たまにはやったこともある自炊も面倒になり、スーパーの値引き品の惣菜を買って缶ビールを飲みながら独りの夕食が続いていた。

角を曲がるとすぐに目に入る自分の部屋。侘びしい思いをかかえたまま扉の鍵を入れ回す。あれっ! 開いていた?

扉を開けると、懐かしい匂いがした。肉じゃがだ。愛想をつかして出ていった妻が得意だった料理だ。

「お帰りなさい}
もう何年たっただろうか、出ていった頃と同じうら若き妻が微笑んでいる。
「どうしたの、ぼーっとして。さ、夕食の準備が終わったとこよ」
台所に戻る妻の後ろ姿がもの凄く愛おしく思えた。オレはもう思考能力を失い、その後を歩く。使い終わった調理器具を洗っている妻を後ろから抱きしめる。これが幸せというものだと感じながら。妻が震えている。かすかに、やがて大きく身体が震える。その大きな揺れでオレは弾き飛ばされた。

    *        *        *

大きな揺れだった。オレは目覚めてすぐに何が起こったのか理解できないでいた。大きな地鳴りのような音と、目の前の岩が動くのが目に入った。転がり始めた岩を辛うじて逃れ、沢に入った。

地震か? 単なる落石とは思えなかった。実際揺れている。ざっと周りを見渡し大きな岩が転がってくる危険が無いことで漸く落ち着いた。動悸はまだ速いままだった。

風歌い草はどうなっただろう。見渡しただけで絶望的な思いがした。自分が腹這いになって眺めていた岩は数メートル下に転がり、風歌い草があった辺りは土砂で埋もれてしまっていた。




結局大震災だった。バス停まで辿りついたものの交通機関はマヒしており、休み休み歩き通して、父の生家に電話をして一泊させて貰った。


風歌い草。確かに聴いた。確かに見た。その思いも次第に確信が持てなくなってくる。







作品名:架空植物園 作家名:伊達梁川