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フイルムのない映画達 ♯01

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内なる敵 The Inner Enemy



「あーあー、ご静粛に願います」

 チューブ状の会場を囲っている襞々の壁に声が反射する。

「本日お集まりいただいたおよそ70兆の皆様方」

 腸内細菌の大半が、そこに集っていた――Alishewanella、Alterococcus、Aquamonas、Aranicola、Arsenophonus、Azotivirga、Candidatus、Blochmannia、Brenneria、Buchnera、Budvicia、
Buttiauxella、Cedecea、Citrobacter、Dickeya、Edwardsiella。Enterobacter等など腸内の住人なれば名を知らぬはずがない種類の細菌達が、ひしめき合っている。

「本日この場にいらっしゃられない方々も、化学物質や電気的刺激を用いました意思伝達ネットワーク網、いわゆるインナーネットにおきまして、この会談の様子をご視聴の事と思われます」

 十二指腸の片端で自家分裂に余念のないLeclerciaや、大腸で仕事中のSalmonellなども皆手を休め、中空に浮かぶ巨大な液滴モニターに見入っている。

「私、本日の司会を努めさせて頂きます球菌、ストレプトコッカス属サリバリウス種のアルトラバクター・アルトラバクターと申します」

「本日の議題は、昨今深刻化しております食糧危機問題についてでございます。我々腸内細菌が、健康で文化的な生活を送るに欠かせない食料、栄養物質ですが、その供給不足は日に日に激化してきております。それともうしますのも、かくゆう我々の宿主でありますところの人間が、ダイエットといえし迷惑千万なる蛮行を始めたからに他ならないわけであります」

 70兆の細菌のざわめき。

「なんたる愚かな行いだ!人間は我々を何だと思っているのだ!?」

 怒号激しく口火を切ったのは、悪玉菌の代表格、 Escherichia coli いわゆる大腸菌だ。

「こうなったら実力行使しかない!宿主が悔い改めるまで分裂して暴れまくって、悶絶激しい腹痛を引き起こしてやるのだ!」

 ざわざわ

「ちょっと待って下さい!」

  大腸菌の提案に対して、Bifidobacterium Orla-Jensen いわゆるビフィズス菌が意見を述べる。

「人間に苦痛を味あわせた所で、目前の食料危機問題が解決するわけではありません。 それよりもっと建設的な議論をしましょう」

 多くの菌が頷いた。少なくとも過半数40兆以上が、ビフィズス菌の意見に賛成の意を表した。それでもなお怯まずに、くってかかるは大腸菌の親玉。

「建設的議論?大いに結構。しかし、何か具体的に打つ手があるとでもいうのか?今こうしている間にも、十分な栄養を得ることができずに、未分裂の憂れき目に合っている飢えた未熟児が世界に五万と……いや何億といるのだぞ!」

 …………

 水を打ったように静まる腸。

「提言があります」

 司会のアルトラバクターが、蠕動運動しながら声を挙げた。

「大腸菌氏の言うように、人間を悲惨めいた状況に追い込み、攻撃する手段を我々は確かに持っています。そしてまた人間を守り育む手段も我らの手にあります。つまり、この人間という生命体を活かすも殺すも我々次第なのです」

 100兆を超える世界中の細菌が聴き入っている。

「そもそも人間という個体、その総身の細胞の数、およそ60兆個と言われております。対するに我々、腸内細菌の数、有に100兆を超えて数えること天井知らずの勢いです。即ちもし仮に、人間の皮革の中の細胞一個一個に投票権を与えて、多数決を取るとするならば、人間の細胞60兆に対して、単細胞生物である我々の数が100兆超。圧倒的に我々腸内細菌の意見が過半数を占める結果となる事、明々白日なのでございます」

 繊毛の一つも動かぬ静けさ。

「故にここに宣言致します……人間なんぞ、たったの60兆の細胞しか持たない過半数以下の生物にすぎないのだと!人間という生き物……それこそが、我らに隷属スべき存在なのであるのだと!」

 熱気が満ちる。まだ音は無い。

「立ち上がりましょう!人間を乗っ取るのです!いや、その実数と趨勢に敵った境遇を得るために、我々の主権をこの手に取り戻しましょう!」

 ビフィズス菌が老廃物を脇にやりながら前に歩みでて言う。

「ご高説……承りました。……しかし、どうやって人間を乗っ取るのです?」

 それこそが、100兆の疑問。アルトラバクターの一挙手一投足、世界中に点在する液滴モニターにリアルタイムで映されている。

「進化の年代表を見まするに、人間にのみ生息する菌種は、つまり人間より後に発生した事は間違いないと言えますでしょう。然るに、我らの世代交代の高速性は、人間より遥かに勝っております。進化のマラソンにおいて、後発であるはずの我々は、人間の進化を追い抜いて、その行程の大分先を走っているのです……そして、この長距離走に置きまして、行き着きました中継地点、そこで生まれた新たなる細菌……その名を……」

 …………

「脳内細菌と申します」

 世界中で100兆が蠢き驚愕の雄叫びを挙げた。

「脳内細菌?」

「左様」

「……つまりその……脳の中に巣食う細菌と言うわけですか?」

「そうです。その通りです。更に詳しく言及するならば、脳内細菌とは、腸内に留まらず脳にまでその活動域を広げることのできる細菌であります」

 大腸菌、悪びれること無く問う。

「おい!戯言もいいかげんにしろ!一体何処にそんな特殊な細菌があるというのだ?」

 未だ釘付けなるは100兆の耳目。一身に受けアルトラバクターは電気的刺激を発した。

「皆さんが今見ております。私が、その脳内細菌でございます。

 二回目の雄叫び、100兆では収まらぬ勢い。

「ま……まさか……お前が?……お前がそうだというのか?つまり、その……脳内に侵入できる細菌だと?」

「そうです!私は、ストレプトコッカス属サリバリウス種から生まれたたった一個の変異種なのです。世界中の皆様、どうかご安心くださいませ。たったいまから私が単身、脳に乗り込みまして、我が身を削る愚行に陥ってしまった、この足元に広がる人間とらやの意志薄弱をせっついて参ります。さすればたちどころ、人間は意志曲げて、前にも増して大量の食事を摂る事となるでしょう。きっとそのこと請け合いまする。いざ」

 言うが早いか、アルトラバクターは、毛細血管のネットワークに潜入し、何処ともなく消えてしまった。

******

「あれ?……何だか急に食欲が……無性にお腹が空いきてきた………ううぅ……うぅううう……ダーーー!もう限界だーーー。食うぞ!食うぞ!食うぞぉぉおおおお!」