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フイルムのない映画達 ♯01

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めておなこいびと 後編



「ちょっと今いいかな?」

 社員食堂で彼女を狙い撃つ。

「……えーと確か営業宣伝部の?」

「田所です」

 彼女――田中理恵は露骨に嫌な顔をした。

「田所さん。私、関わらないでくださいって言いましたよね?」

「はい」

「お話することはありません」

 彼女はけんもほろろ。でも俺は諦めない。

「今夜付き合って欲しい場所があるんだ」

 彼女は立ち上がって席を代えた。俺は後を追う。彼女が俺を睨む。

「……いい加減にして下さい。人を呼びますよ」

 彼女の怒った顔はドラマじみて綺麗だった。

「人でも隕石でも呼べばいい。とにかく俺は諦めない。仕事が終わってから、迎えに来るから」

 彼女は、勢い良く立ち上がり顔を紅潮させてまくし立てた。

「どういうつもりなの?私が隕石女だからってバカにしないで!お望みどおりこの場に隕石の雨を振らせてみせましょうか?!」

 何事かと注視していた外野が、彼女の一言に慄き、蜘蛛の子を散らすように逃げる。でも俺は引かない。

「君のためでもあるんだ!必ず迎えに来るから、逃げずに待っててくれ」

 彼女は俺の一言に反応した。

「逃げる?私が?」

 俺を見つめ、何かを考えている様子。

「……私は逃げてなんかいない」

 田中理恵は瞳を潤ませた。俺は、女優バリの彼女の美しさと感情表現の豊かさに立ちくらみがした。

「俺、別に興味本位で君に近づいているわけじゃないんだ……その」

「食事に付き合えと言うんですか?」

「違う。一緒にある場所に行こう。隕石が落ちても平気な場所に」

「隕石が落ちても平気な場所?」

 彼女は興味をそそられたようだ。金魚の様に口をパクパクしてから、ゆっくりと席に座った。

「分かりました。今夜、あなたにお付き合いします。定時には仕事が終わると思うので、ロビーで待ち合わせましょう」

 俺は心の中でガッツポーズした。イエス!

「じゃあ、後で」

*****

 助手席に彼女をエスコートして、目的地に向かう。

「どこに行くんですか?」

 彼女は不安げに尋ねた。

「すぐ着くよ」

 30分ほど車を走らせて、目的地に到着。車を降りる。

 もう日が短い。夕陽を端折って、空の青は一気に深みを増して、辺りはさっそく夜になりかけていた。

「ここは?」

 俺達の前に、フェンスで囲われた広大な土地が広がっていた。

「とにかく入ろう」

 ポケットから鍵を取り出して、解錠する。

「開発部に知り合いがいるんだ。そいつに鍵を借りてね」

 敷地に侵入しながら説明を続ける。

「うちの会社の敷地さ。広いだろう?今は更地だけど、来年にはショッピングセンターや映画館、娯楽施設、健康ランドなんかを招致する予定らしい」

 彼女と連れ立って敷地の中央へ歩く。

「調べたんだけど俺達の病気、怒ったり、絶望したり、悲しんだり……とにかく感情が極度に高ぶると隕石を呼んでしまうんだね」

「そうよ……嬉しい時も愛おしい時もね」

 ――そうなのだ。隕石を呼んでしまうのは、何も負の感情が高まった時だけではない。

 だから、突発性隕石落下症候群、メテオシンドロームに侵された人間は、隕石を呼ばないように、あらゆる感情を自制して生きていかねばならないのだ……

「君は、3年前に発症したそうだね……辛かっただろうね、この3年間」

「辛かったわ。ええ、とても辛かった。飼ってた犬も実家に預けたわ、あんまり可愛がると隕石が落ちるから――実家にもあまり帰ってない……リフォームしたばかりだし――噂に聞いてる?前彼との事、もう少しで彼に直撃だった――恋なんてもうできないのよ私――TVもあまり見ない――あんまり面白そうでない映画を選んで――特に美味しそうでもない料理を頼んで――」

 彼女は堰を切ったように窮状を訴え始めた――とめどなかった。

 ……一頻りぶちまけた所で、彼女が思い出したかのように俺に問う。

「――で?何で私をここに連れてきたの?」

 もう辺りはすっかり夜。上空には月や星。

「ここなら思う存分隕石を落としても構わない」

……彼女の顔が暗くて見えない。

「田中さん。どうだろう――今夜俺と隕石ごっこをして遊ばないか?」

 暗闇からフツフツと笑い声がせり上がってきた。彼女は嗤っていた、しばらく。

「あー、おっかしい。どうしたらそんな馬鹿な事考え付くの?隕石ごっこって……プ」

 空に流れ星があった――それは僕らに近づいてきて。

どっごーん

 割りと近くに落下した。

「田中さん――俺、君の事……」

どっごーん

「……田所さん」

どっごーん

「好きなんだ」

どっかーん

「……嬉しいかも」

どっばーん

「側にいっていいかい?」

どごん

「駄目よ」

どごん

「なんで?」

どばーん

「これ以上星を降らせたら、夜空が殺風景になっちゃうわ」

ちゅっどーん

「キスしていい?」

どっかーん

「駄目よ……だって」

どどーん

…………

どーんっどどーんひゅーんどーんどーんどーんどーんどどーんどどごーんどばんどどばーんばーんどーんどーんぼーんばーんひゅーーーーんどっがーーーんっどどがーんどがーんぶっどがーんだーんだーんだーんだだーんばーんどばーんだだーんどだーんばばだーんどーんっどどーんひゅーんどーんどーんどーんどーんどどーんどどごーんどばんどどばーんばーんどーんどーんぼーんばーんひゅーーーーんどっがーーーんっどどがーんどがーんぶっどがーんだーんだーんだーんだだーんばーんどばーんだだーんどだーんばばだーん

…………

 僕らは寝そべって、空を見上げていた。心配しなくても、星はまだまだそこにあった。

 寒かったけど、繋いだ手が暖房器具代わりだった。

「田所さん。あれ!」

 大気圏に流れ星が一つ、そしてもう一つ――ぶつかった。花火の様に弾ける。
 
 大気圏に流れ星が一つ、そしてもう一つ――ぶつかった。花火の様に弾ける。

 大気圏に流れ星が一つ、そしてもう一つ――ぶつかった。花火の様に弾ける。

 どうやら僕らの隕石が、空と宇宙の間でぶつかり合っているようだった。

「……そうか、こうなるんだ……心が重なったから、隕石が同じ所に落ちようとして、上空でぶつかってるんだ……きっと」

 星達の戯れは止みそうにない――僕らも止みそうにない。

「田中さん――」

「田所さん――」

 僕らの憂いは打ち消し合って、宇宙で花火になる――