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紺青の縁 (こんじょうのえにし)

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 それは今までの強気の女将には似使わない消え入るような声だった。しかし、しっかりとした意思を含んでいるかのようにも思われた。
 霧沢は、波瀾万丈の海外で、八年間も苦労を重ねてきた三十歳の一端(いっぱし)の大人。これを聞いて、それはあまりにも桜子の心の奥底に眠る本音のような気がした。そしてそれを耳にしてしまった以上、もう後の言葉が出て来ない。その後は、当たり障りのない世間話しに終始させるしかなかったのだ。
 そして霧沢は、最後に「桜子さん、これからも、京藍を頑張って盛り立てていって下さいね」と暇(いとま)の挨拶をし、京藍を早々と後にするのだった。

 今、霧沢は街の雑踏の中を歩いている。
 桜子は悲しみを吹っ切り、まるで居直るかのように、「いつまでも悲しんでられないわ。知ってはるでしょ、私の性格、欲張りなのよ、何でも独り占めしたいの」と囁(うそぶ)いた。
 そして最後に、消え入るような声で、しかししっかりと呟いた。「私の人生だもの、好きなようにするわ。支えてくれそうだし」と。
 これらの言葉が霧沢の耳にこびり付いていて離れない。そして霧沢は、なぜ桜子がそんな台詞(せりふ)を吐いたのかがわからない。

 そのせいか、あるやるせなさ感を覚えながら、行き交う人混みの中で、「欲張りなの」、「独り占めしたいの」、「支えてくれそうだし」、これらの言葉を二度三度繰り返してみる。
 さらに漠然とだが、「卒業以来、俺が消えていた八年間、一体みんなに何があったのだろうか?」と疑問を自分自身に投げ付けるのだった。

 八年振りにジャズ喫茶店で再会したルリ。
 不幸にも二酸化炭素の急性中毒で事故死してしまった京藍の花木宙蔵。
 そしてその後を、老舗料亭を女手一つで切り盛りする女将の桜子。
 さらに、その桜子の背後に見え隠れする光樹。
 他に、宙蔵の愛人でもあった苦労の絶えないクラブママの洋子。

 この五人たちは、霧沢が海外へと姿を消していた間、多分それぞれが繋がりながら生きてきたのだろう。しかし、霧沢にはまだ全貌が見えてこない。

 学生時代に知り合った美術サークルメンバーの宙蔵/光樹/桜子/ルリ。また下宿近くのスナックで出逢った洋子。
 激化する学生運動で、キャンパスが揺れる中、青春と言う時を共に過ごした。
 そして卒業後、霧沢のいない空白の八年の月日の中で、友人たちを結ぶ縁は複雑に絡まり合っていってしまったということなのだろうか?
 霧沢はそんなことをぼんやりと考える。

 そして、その最後に、これだけは確信するのだった。
 霧沢自身も、こんな友人たちの渦の中へ、どんどんと巻き込まれつつあるのだと。