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ノンフィクション/失敗は遭難のもと <前編>

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◎はじめに

  本書は決して悲惨な「遭難記」などではありません。ごく平凡な実年ハイカーが、ごく近郊の里山・低山歩きのなかで、まったく初心者ゆえの無知からしでかした失敗や、生来のそそっかしい性格ゆえの失敗などを、恥を忍んで書き記したもの。ベテランの登山家や、沈着冷静な方からは「何をそんな馬鹿なことを・・・」と笑われてしまいそうな失敗談の数々です。

  しかし、どれ程のベテラン登山家でも、初めは皆さんどなたでも初心者のはず。これから山歩きを始めようと考えている人達に、いささかなりと参考になり、警鐘となりうるものならば、小生の本懐といたすところでございます。

  と申しますのも、幸い小生の場合は「運」が良かったのか、何度も小さな失敗を繰り返しながらも、一度も大事に至らずに済んできたのですが、一歩間違えれば取り返しのつかない事故や、遭難にまで発展してしまった可能性が多分にあったからです。

  それは過去の遭難事故の実例を見ても明々白々と言えます。我が国の黎明期の登山界で名を馳せた大島亮吉さんの転落死などは、北アルプス穂高連峰の岩稜帯を歩いていて、ちょっとした石に躓いたような失敗が、転倒した場所がたまたま断崖絶壁で、そのまま数百メートルも落下してしまったもの。

  道に迷った時の対処の仕方を知らなかったばっかりに、北海道・旭岳で5メートル以上もある枯れ木で「HELP」の文字を残したまま帰らぬ人になってしまったもの。

  谷川岳の垂直の岩壁登攀を無事に終了した後、ザイルを外しホッと緊張を解いた瞬間転落したケースなど、事例を挙げたらそれこそ限りがないほどあります。

  危険個所は誰でも慎重に行動するので案外事故は起こりにくく、一見易しそうな所で易々と事故を起こしてしまうのは、その日の体調やそれまで蓄積された疲労度も関係ありますが、「心の油断」が一番大きな原因と言えそうです。

  「失敗は成功のもと」などという俚諺がありますが、登山では「失敗は遭難のもと」につながります。素晴らしい山歩きを思う存分満喫するためにも、登山では絶対に失敗の無い山歩きを心掛けていただきたいと思います。

  小生、山歩きを始めてそろそろ30年になります。友人から「尾瀬」に誘われたのがきっかけでした。ご多分に洩れず、小生も中年になってから「山」に魅せられた口で、丁度その頃から中高年の登山ブームが巻き起こったように記憶しています。

  最近では特に、女性の中高年層の増加に目を瞠らされます。たしかにご夫婦ペアで登山を楽しまれる人達もいらっしゃいますが、女性の登山人口の伸びにはまったく驚かされます。そして、その強烈なパワーにも・・・。

  いずれにしましても、自然の中で自然の素晴らしさを享受されることは、精神的にも健康的にもとても良いことと思います。願わくば、山でのマナー「山に入って、とっていいのは写真だけ、残してきていいのは足跡だけ」を常に忘れず、事故の無い楽しい山歩きをされますよう、心から願って止みません。


第1話 道なき道を猪突猛進 [戸倉三山]

決行日/昭和58年(1983年)7月23日(土) 曇

<概要>[戸倉三山]は奥多摩山系の最南端に位置し、五日市市(現・あきるの市)戸倉に登山口をもつ、環状の尾根にある「臼杵山(842m)」「市道山(795m)」「刈寄山(687m)」三山を結ぶコースで、それぞれ1,000mに満たない標高なれど、距離が長く健脚コースになる。

  1ヶ月前に計画した時の心積もりでは、遅くとも20日頃までには鬱陶しい梅雨も明けて、好天に恵まれると勝手な予想を頭に描いていた。ところが、1週間前の予報で梅雨明けは23日以降にずれ込むと出て、空模様が一抹の心配の種になった。

  前回が初体験の単独山行だったので、装備などの準備も数日前からはじめ、幾らもない携行品をザックから出したり入れたり、念には念を入れての用意周到ぶりだった。

  2回目の今回は、当日の雨がほとんど100%確定的で、中止する公算が大であったため、準備の方も前夜になってやっと済ませたくらい。それでもこの1ヶ月の間に、まだ不足していた装備のうち、雨具・靴紐の予備・ヘッドランプ・ガイドブック等を購入、準備万端怠りないつもりだった。

  予定通り6:00にカミさんに起こされる。
  昨夜からどうにか持ちこたえていた雨が、丁度降り始めたところだった。空に向かって悪たれ口をたたき、朝食を済ませ身支度を整え、出発時間の6:30になったが、雨脚は激しくなる一方。どうやら心配通り中止せざるを得ないようだ。

  初山行の「尾瀬」から3回目にして、早くも「晴男」のジンクスは脆くも崩れ去ってしまったようだ。不貞腐れて山行姿のまま、布団の上で寝入ってしまった。

  9:30頃、再び起こされる。
  カミさんの「雨が止んだわよ」の声に「なんでもっと早く起こさないんだ」と余計な一言。折角の休日で、少しは朝寝もしたいだろうに、「今度の休みは山に行く。弁当頼むね」と言えば、一言の文句も言わずにいつもより1時間も早く起きて、朝食の支度や弁当のおにぎりを作ってくれる。それなのに、それなのに・・・。心の中で「ごめんね」と謝る。

  予定より3時間余りの遅れだったが、弁当も水筒も支度も用意出来ているので、出発することにした。これがそもそもの間違いのもとであった。

<教訓>一旦計画すると、臨機応変に計画の変更が出来ず、猪突猛進する直情径行型の性格。一度は中止と決めたのだから、たとえ状況の変化があったにせよ、中止にするのが山行でのセオリーであり、鉄則でもある。3時間もスケジュールが遅れれば、当然精神的なゆとりも無くなり、どこかで無理が生じアクシデントにつながりかねない。以って肝に命ずべし。

  と、山行後の反省文に記されていた。

[武蔵五日市駅10:40発⇒沢戸橋11:10着・11:15発⇒盆堀部落11:45着・11:50発⇒荷田子峠12:10着・12:15発⇒臼杵山13:30着(昼食)14:00発⇒市道山15:10着]

  青梅線沿線にある自宅を出て、50分ほどで武蔵五日市駅に着く。家で不貞寝の最中に、昼食用のおにぎりを1個、娘につまみ食いされたり、朝食からもう4時間が経過しているので、予備食にパンか弁当でも買うつもりで、駅前の売店を物色しているうちに、バスが発車してしまった。

  次のバスまで40分も待たなくてはならない。吝嗇家の自分にはタクシーを奮発する度胸なんてさらさら無い。仕方ないので歩くことに決めた。

  途中のスーパーでパンを購入、歩きながらぱくつく。下車予定の「沢戸橋バス停」に30分で着く。次のバスを待つより15分早く着いてしまった。

  此処から盆堀川の流れを遡り、盆堀部落を目指し舗装道路歩きが続く。時折砂利を満載運搬するダンプカーが往来し煩わしい。空はどんよりと厚い雲が垂れ込め、直射日光の照り返しが無い分、暑さも和らいでいるのだろうが、むしむしと蒸し暑く汗が噴き出してくる。