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セールス・マン
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プリンス・プレタポルテ

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 あの映画とそっくりそのまま、指先のみでコインをはじいて見せると、男は罰が悪そうに首をすくめた。
 

 カストロがやって来ようが独裁政権が崩壊しようが、カジノは多くの人間で溢れている。流石にいつも大枚を落としていくキューバの貿易成金達は身を潜めているのか姿を見ることはできないが、アメリカの騒がしさから逃げ出した紳士淑女が、冬の短いバカンスを精一杯楽しもうとホテルに押しかけていた。
「お前も行って来ればいい」
 ロサンゼルスにも冬の影が忍び寄り始めた日、楽屋を訪ねてきたランスキーが気軽な口調で勧めた。
「ハバナは暖かい。それに、自分のホテルなんだ。たまには使え、もったいない」
「確かに」
 グレゴリオは化粧を落としながら静かに頷いた。
「この年になると、寒さは身に堪える」
「何を言ってる。まだ50をちょっと過ぎただけじゃあないか」
「55だよ、マイヤー」
 鏡に映った顔と対面するたびに、昔の面影が削り取られていくのをひしひしと感じる。ぴったりと撫で付けた黒髪は白く変わり、額が上がる。無理をしすぎたせいか膝を痛め、美しい女性と踊り明かした夜は遠くに霞み、今は妻に請われて晩餐の後余興として踊る程度。
 悪いことだとは思わない。けれど、最近頓に昔の記憶が頭をよぎる。
「何ならグリアも連れて行ってやればいい、気晴らしに」
 鏡越しに、ランスキーは笑みを浮かべた。
「グリアは賭け事をやらないんでね」
 結婚して35年目。敬虔なカトリック教徒であるグリアは、今この瞬間の編み針を手に、暖炉の傍で犬のためのセーターを編み続けているのであろう。赤い炎に照らされ、8年前の誕生日に買ってやったロッキング・チェアに揺られ。夫の浮気も灰色の関係にも、何一つ文句を零すことなく。
「それに彼女は、クリスマスは実家で兄弟達と過ごすのがお決まりでね」
 グレゴリオは椅子を回転させた。鏡の中で見た通り、ランスキーの表情は明らかに曇っていた。
「だから俺は暇なんだ。羽根を伸ばしにいってくるとするか」
「ああ、そうしろ」
 ほっと息をつく。彼の口元にも自らと同じく幾つもの深い皺が刻まれ、気を緩めると途端に生気が失せ、年相応の老人の顔になる。
 お互い、ヘルズキッチンに濫立した灰色のアパートの下を走り回っていた頃のことなど、思い出という形でしか表現することは出来ない。