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プリンス・プレタポルテ

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2.グレゴリオ



「客の入りが悪い」
 右頬を縦断する傷跡は、箔を付けるために自らナイフで切り裂いたものだとか。どちらにしろ、うだつがあがらないことには違いない。自らの能力のなさを見抜いたことは立派だが、次に走った行為の浅はかさ、顔を傷つけた程度で出世できると見込んだ洞察力のなさ。そして、元はそこそこ端正であったはずの顔に残る、傷の醜さ。
 そういえば、ルチアーノの傷はどちらだったか。彼が負ったリスクは、シシリアンの風上に置けない陰湿なリンチで付けられた数多くの傷跡だけではない。アメリカから排除された人間を、知らず知らずのうちにアメリカンナイズさせてしまった手腕があり、その痛々しい事実にまだ気付かず、いつまでもカヴァレリア・ルスティカーナの主人公を気取る古参のボスたちに催眠術をかけ続ける身も細るような気苦労。つまりのところ、人と同じ事をしているようでは世界をかけのぼるのは不可能だった。
 十数年前に銀幕で自分がやっていた仕草を真似ているようでは、とてもとても。
「この騒ぎの中でもテーブルが空になっていないことがむしろ奇跡だよ」
 先ほどから男が放り投げ続けるコインを後ろから奪い、グレゴリオは微笑した。驚いた表情を浮かべた男は、見上げた先にいたのが雇われ支配人であっても、素直に身を固くしてみせた。
「どうだい」
「はぁ、その通りで」
 大体こんな地の果てにまで飛ばされている時点で、その能力は計り知れるというものだ。神は男のボス、マイヤー・ランスキーに、会計だけでなく、人の能力を正確に見抜くという類稀な才能を与えた。
「8番テーブルの男、あのタキシードと髭の奴なんですが」
 指された方向でカードを睨み続ける男に目を凝らす。
「さっきから馬鹿勝ちしてます」
「ディーラーは」
「キムですよ」
 紅い爪でカードを切り、頭上でまとめた栗色の髪を払おうと首を振る女には見覚えがあった。去年まで、サンズ・ホテルで前座を勤めていたショーガールの一人だった、ように思う。流れついた。そんな人間が、このホテルには掃いて捨てるほど存在する。
「もうしばらく見張っておいてくれ」
 キムの顔がこちらに向けられる。ラスベガスで培った、開きかけた花の蕾の如く静かに婀娜っぽく口元を綻ばせた。
 グレゴリオはそれを撥ね付ける様に、ことさら優しい笑顔を浮かべた。
「他には」
「今のところ」