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セールス・マン
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プリンス・プレタポルテ

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 ソファに深く身を落とし睨みつける彼女の方を非難がましい目つきで見てから、男はちらりとベアトリスの方に振り向いた。その視線は妻の狼藉に謝罪の意を表しているようでも、またはベアトリスの存在を値踏みしているかのようにも感じられ、どうにも居心地が悪かった。
「だから私、最初からホテル・パライゾの方が良いって言ったのよ。あそこはカジノがあるから、こんな退屈な思いをしないで済んだのに」
「でもお前」
 一瞬軽蔑的な表情で妻を見下ろしてから、男は新聞を膝の上に乗せた。
「ここはハバナでも一番格式のあるホテルなんだよ」
「そりゃあそうだけど」
 女はその唇と同じく赤く、大ぶりな爪が、更に重ねて真っ赤なチェリーを目の前にぶら下げた。
「こんな中でテニスして、流れ弾に当たって死ぬなんて真っ平ごめんだわ。あなた、昔からそうだけど、気取り過ぎなのよ。パライゾにはフイリックス・サッキーニが来てショーをやるらしいじゃない」
「あんなやくざな男、どこが良いんだ。大体、経営者自体がマフィアだって噂じゃないか」
「あらやだ」
 今度は女が小馬鹿にして唇を舐める。
「あなた、そんなことが怖いの?」
「馬鹿いえ」
 再び新聞を広げなおし、男は言った。
「柄が悪いから嫌だと言っただけだ」
 地が震え、シャンデリアとグラスの中身が細かく揺れた。女の口の動きが一呼吸分止まる。薄暗いロビーからかろうじて不気味さを軽減させていたお喋りが途切れると、広い空間が視覚だけに支配されてしまう。ベアトリスはアルコールのおかげで緩んでいた身体を再び硬直させ、程よい堅さのクッションに身を埋めた。また伴侶への攻勢を再開させた女の声は銃声よりも甲高く、戦車のキャタピラよりも尾を引いて耳に残り続け、途端に不安が姿を現し始める。アーネストの笑顔は大切に持ち歩いていたブロマイドのように固まったままで、今の彼女の身体には、そっと触れてきた青年の骨ばった手のほうが激しい現実感を伴って染み付いていた。


 ソファに身を丸め嗚咽をかみ殺そうとしたが、結局彼が戻ってくるまで涙が止まることはなく。ノックと共に今度は出迎えずとも入ってきた不躾さがむしろありがたかった。
「ラジオをお持ちしました」
 森に棲む鹿のように澄んだ眼で、青年は彼女の傍に立っていた。