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海野ごはん
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十六夜(いざよい)花火(前編)

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ビジネスホテルの壁1枚隔てた健三と加奈子はお互いベッドの上で天井を向いていた。息さえ聞こえてくるのではないのだろうかという近さは、壁一枚隔てても感じた。しかし、まだ加奈子と健三には温度差があった。加奈子は健三を好きなのだが、健三はそれほど想ってなかった。
健三の携帯が鳴った。加奈子からだった。

「もう寝てる?」
「いや、まだだ・・・」
ドンドンと隣の加奈子が壁をたたいた。
「なんだよ、うるさいな」
「キャー、ほんとに横にいるんだ。壁一枚離れてるだけだよね」
「まあな、いびきはかくなよ。聞こえるんだから」
「え〜、そんなに薄いのこの壁」
加奈子の甲高い声が電話でなく壁越しに聞こえたようだった。
「ビジネスホテルはどこも薄い」
「10cmぐらいかな〜?」
「もうちょっとはあるだろう・・」
「ねぇ〜なんだかドキドキしない?」
「別に・・・」
健三は寝返りを打って壁の方を見た。ただの白い壁が見えた。
「私裸でいるのよ・・ドキドキするでしょ」
「・・・・おばさんの裸なんか遠慮するわ」
そう言ったが健三は大きな胸の加奈子の姿を思い浮かび、鼓動は少し早打ちしていた。
「あら、そう。美香よりずっとナイスバディだと思うんだけどな。おっぱいは大きいよ」
「・・・・」
そういえば美香の裸も随分見てないから思い出せなかった。
「聞いてる?」
「ああ、うるさいから寝てくれないか。明日早いんだ」
「もう〜、照れ屋なのね健ちゃんて・・・」
「・・・・」実際照れていた。言葉のかけ方がわからない。
「健ちゃんいるの?叩いてみて」
健三は受話器を耳に当てたまま、片方の手で加奈子側の壁を軽くトントンと叩いてみた。
「キャー、感じる。おっぱいに来ちゃった」
「‥‥馬鹿か。何やってんだ」
「壁の所におっぱい当ててたの」
健三は想像した。裸でこの壁の向こう側で加奈子が胸を当てているのを。急に下半身が固くなった。
「どう感じた?」加奈子が聞いてきた。
「・・・・ああ、分かった。寝ろよ」
ぶっきらぼうにしか言えなかった。

 しかし、加奈子ってこんなに大胆な奴だったっけ。昔の加奈子とは全然イメージが重なりあわなかった。今の方が明るくていいじゃないか・・・
 健三はすっかり加奈子のペースに振り回されながらも楽しんでいた。
 女性とこうやって会話をすること自体がなかったのだ。戸惑いながらも少し変な気になっていた。
「電話でなく壁越しに話して」加奈子の声が受話器から聞こえた。
健三は携帯を伏せると壁に向かって言った。
「おい変態。もう寝るぞ」
「・・・・」
 健三は携帯を取って言った。
「聞こえたか」
「・・・・すこ〜し聞こえた・・・冷たいんだから。わかった、寝るわね。もう〜口が悪いんだから」
 加奈子はそう言うと携帯を切り、健三側の壁を足で蹴った。
 ドンッ!低い衝撃音が健三の部屋に響いた。
 急に部屋の中が静かになった。隣の息まで聞こえてきそうだった。寝返りもベッドがきしむ音も全部隣に聞こえそうで健三は寝苦しかった。いかん、どうも意識してるらしい・・・。
 健三は部屋の照明をつけると備え付けの冷蔵庫に保管していたビールを飲んだ。プルトップを開けてパチン、シュワーという音まで加奈子に聞かれてるみたいだった。そういえば加奈子も離婚したんだと今頃になって思い出した。      
 一博と加奈子の間でどんなやり取りがあったんだろうと想像した。
 そして美香は今頃どうしているんだろうと思った。

 離婚の重たさに気が滅入りそうになり窓に向かって歩きだし、カーテンを開け、すりガラスのアルミの窓を開けた。
 海風が部屋に入ってきた。空を見上げると半月に近い月が港を照らしていた。風と波が船を揺らし、船の緩衝材がこすれあう小さなギィーという音が聞こえる。船のどの部分だろうか、風に揺らされぶつかり合う音があちこちから小さいながらも不定期に聞こえた。静かな夜がそこにあった。
 金属の窓を開ける音が隣から聞こえた。加奈子だった。加奈子もまた眠れなくて健三の窓を開ける音を聞いてそばに来たのだ。
 健三はまさか裸のままじゃないだろうなと、また興奮してしまった。
「健ちゃん、寝ないの?」
「・・・お前、裸のままか」
 加奈子は笑いながら「馬鹿ね、さっきのは冗談に決まってるじゃない」と言った。
 それが本当なのか嘘なのか確かめる勇気は健三にはなかった。
 窓から身を乗り出せば加奈子の姿が見えそうで、窓から半歩ほど部屋の方に後ずさりした。いつでも健三は女に対して臆病なのだ。
「ねぇ〜健ちゃん、離婚って辛いよね。簡単じゃないよね。別れてよかったと思う反面、寂しくて誰かと話したくなる・・・一人だと泣きたくなるんだよね〜・・・男は違う?」
「・・・・」
 風の音と外からの声では、はっきりとは聞き取れなかった。ただ、寂しいと聞こえたので健三は加奈子の心情を察した。
 しばらく沈黙した後、窓に近づき少し大きな声で健三は言った。
「明日の夜の花火、近くで見れるように手配してやるよ。先に寝るからな・・・」
 健三はサッシの窓を閉めると自分のベッドに潜り込んだ。枕元のスイッチで照明を消すと暗闇と静けさが周りを囲んだ。加奈子はまだ窓を開けているらしい。窓を閉める音を待ちながら健三は眠った。