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海野ごはん
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十六夜(いざよい)花火(前編)

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次のステップに移るというのは簡単じゃない。組まれたスケジュールであれば自動的に上がっていくのだが、自ら進んで大海の中に漕ぎ出すような先の見えないステップは不安だらけだ。しかし、勇気を出し次のステップに踏み出した者だけが新しいチャンスを得ることができる。
だがそれはわかっているが人間なかなか見えない世界に足を踏み入れるのは不安だ。それに心構えもない所にそういう話が舞い込んで来たら誰だって慌ててしまう。
そういう時こそ、その人の本質が見えてくるような気がする。
ぎりぎりの場面でどう動くか、悠長に構えてられなくすぐ答えを求められる時、人は自分の事を取り繕っていられない。


一博は加奈子と話し合った翌日、美香に電話を入れた。
「美香、実は加奈子が僕たちの事を知っている。調べたそうだ調査会社で」
「そう・・・」美香は冷静だった。
これもいつかはわかる話だ。
「それで?」低い声で美香が聞き返す。
「加奈子がお前に会いたいと言っている」
「なんで? 謝れって言うの」
「わからない。慰謝料の話もしていた。どうする?」
「・・・・いいわ。会うわ。一応、人のものを取ったんだから謝らなくちゃね」
「いいのか?」
「いいわよ。あなたこそいいの?修羅場になるわよ」
「冗談言うなよ。どうせけじめはつけなきゃいけないさ」
「・・・・一博・・・私が好き?」
「・・・・ああ」
「だったら、行く勇気100倍出てきた。守ってね」
「・・・・。1時に迎えに行く」

一博はちょうど1時にやってきた。
美香は家の掃除も終わりなんだかさっぱりした気分になっていた。
「いよいよ、決戦か・・」
美香は怖いながらも、奮い立たせるように微笑んだ。

一博のベンツまで歩いていくと、神妙な顔をした一博がいた。それは自信に溢れた市会議員のような顔でなく、心細さで誰かにすがりつきたい時の一博の顔だった。そんな顔も悪くない。いろいろな表情が出る方が分かりやすくていい。美香は車のドアを開けた。
「よお・・」
一博が笑顔を向ける。強がりか、照れくささかわからない。
「さっ、行こうか加奈子の元へ」美香が言った。
「なんだか元気あるな」
「カラ元気よ。さっきまで泣いてたんだから」
「健三か?」
「ううん、彼は帰ってこなかった。ちょうどよかったけど・・・」
「そう・・」
「さぁ、片づけに行こう。新しい未来が待ってるじゃない」
「なんだか元気あるな・・よかった。俺も頑張るかな」


一博は車中で、昨日の加奈子とのいきさつを話した。
美香は淡々と聞いていた。
「どうするつもりなんだろ?」
一博がまた昨日と同じ自問を繰り返した。
「とりあえず1回謝るわ。泥棒猫だから」
「無茶しないかな・・あいつ」
「そうなったら、私も無茶するわ」
美香は笑った。それはないだろうと思ったからだ。
「おい、おい、物騒なことはやめてくれよ」
「針のむしろね一博」また美香は笑えた。
「なんか余裕あるな。こういう時は女が強そうだ」
どちらにしてもなるようにしかならない。とりあえず。
美香と一博は一人の時よりも元気が出てきた。