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赤のミスティンキル

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 当時の人々はこの超常の現象に恐れを抱くが、魔術の研究がまだ行われていなかったこの時代では原因も掴めず、なすすべがなかった。やがて厭世の空気が世界を覆い尽くし、終末の退廃した雰囲気に満ちていったのだった。

 時のイクリーク国王であったアントス家のタイディアは、魔術の異端書に没頭し、ついには不死の研究という禁断の領域にまで足を踏み入れてしまった。酸鼻きわまりない禍々しい儀式の果てに、魔族のごとき異形と化したタイディアは、“魔界《サビュラヘム》”の住人を喚び寄せてしまったのだ。そして神々の時代において暗黒の宙に封印されていた“黒き神”冥王ザビュールがついに呪縛から解き放たれ、人間の世界アリューザ・ガルドに降臨。さらにはかの神が本来住まうべき場所である“魔界《サビュラヘム》”に至り、アリューザ・ガルドとの次元の接点を解放してしまったのだ。
 人類史上において最大の惨禍である、“黒き災厄の時代”はここにはじまったのだ。

 事の発端を引き起こした国王タイディアを屠れば、ザビュールに一矢報いることが出来ると考えたイクリーク王朝の諸卿は、魔族と化した国王を暗殺したが、その報復たるやおぞましいものであった。麗しい王都ガレン・デュイルは、火山が直下で爆発したかのように一瞬にして吹き飛び、すぐさま襲来した魔の眷族によって地獄絵さながらの大殺戮が行われたのだ。流域のヘイネデュオン河は血のために真っ赤に染まり、見せしめのために杭で貫かれた死体は、廃墟と化したガレン・デュイルを取り囲むほどの数に至ったと伝えられている。

 それから三百年を経て、ディトゥア神の一人、“宵闇の公子”レオズスが聖剣ガザ・ルイアートを、アントス家の末裔であるイナッシュに渡した。彼ら二人は“魔界《サビュラヘム》”に乗り込み、ついにはザビュールを打ち破った。これは『イナッシュの勲』に語られるとおりである。

 ザビュールの暗黒の支配が終焉を迎えてから五百年経った後、イクリーク王朝の後継である東方イクリーク皇国によって現在の都市の基盤が形成され、今はアルトツァーン王国の王都となり大いに発展しているが、冥王による暗黒の時代の恐怖がどのようなものであったかというのは、人々に今なお語り伝えられるものである。

◆◆◆◆

 だからなのだ。ガレン・デュイルの住民達が、先頃の“色褪せ”について過敏なまでに反応し、恐れおののいたというのは。
 かの冥王が復活したのだ! と誰かが声高に叫ぶと、それはすぐさま町中に蔓延した。ガレン・デュイル中が恐慌状態に陥るのには一日とかからなかった。

 魔術をなりわいとする者達や、権威ある学者達の意見も二つに分かれた。アリューザ・ガルドの色が褪せたことがザビュール復活の遠因となると唱える一派と、それとは反対に、ザビュールとは全く関連性がないと唱える一派である。
 アリューザ・ガルドに現存するただ一人の魔導師ハシュオン卿に師事しているエリスメアは、今回の件は全くザビュールとは関係がないと考えた。師と同様に彼女も、色が失われた背景には魔導が絡んでおり、色褪せたというのはおそらくは“原初の色”のなにかしらが働かなくなったためだろう、と推測したのだ。そして結果として、今となってはそれが正しかったことが実証された。
 だが混乱のさなかにあった当時、いくら彼女が声高に、意見を異にする者達を相手に説得しても、「机上の論理に過ぎない」「確証がない」などと言われるだけだった。また、さらには町の人々を説得し、騒ぎを沈静化しようと必死になったが、恐るべき冥王からどのようにすれば身の安全を確保できるか、という考えのみにとらわれ怯えていた人々の心に届くはずもなかった。そうこうしているうちにエリスメア自身も、役人達やほかの魔術師達と同様、市中の秩序の回復に手一杯となってしまい、ここ二週間ばかりは魔導の勉強どころではなかった。もっとも、ガレン・デュイルの図書館で学ぼうと思っていたことの大半はすでに終えていたのではあったが。

 外の景色を見ていたエリスメアは、ふと真下を見下ろした。石畳をめぐらせた図書館の入り口には、こぢんまりとした噴水台がひとつおかれ、中央に座す婦人の彫像が抱え持つ大きな瓶からは水が流れ落ちている。そして、その噴水の傍らには、いかにも所在無さげに腰掛けている一人の金髪の青年の姿があった。“彼”はもうここに来ていたのだ。
(急がなきゃ……)
 そう思ったエリスメアは窓を閉め、『未踏の地ラミシス 〜カストルウェンとレオウドゥールが行いし、魔導王国ラミシス遺跡の冒険行について――数多くの吟遊詩人の歌より〜』と題された原本と、自分の写本を手に取ると、そそくさと読書室を後にした。

◆◆◆◆

 魔術師エリスメア・メウゼル - ティアーは、今年二十歳となったベルドニースびとである。彼女の母親は生粋のベルドニースびとであるが、父親は金髪碧眼こそ持ち合わせていたものの、同じ氏族ではなかった。いや、正確に言えば人間ではなかったのである。
 彼女の父親はディトゥア神族の一人。“宵闇の公子”の二つ名で世に知られる、闇を司る神レオズスなのだ。

 レオズスはかつて“魔導の暴走”の脅威を消し去ったが、その後にアリューザ・ガルドに恐怖を持って君臨したという過去を持つことから、未だに一部の人間達にはさも恐ろしい神であるかのように誤解されている節がある。しかし、その時のレオズスは太古の“混沌”の力に魅入られ、本来の自分を失っていたのだ。
 忘れてはならない。かつてイナッシュと共に“魔界《サビュラヘム》”に乗り込み、冥王と対峙したもう一人の英雄が誰であったかを。
 それに“闇”そのものも忌み嫌われることもあるが、闇無くして光もまた存在し得ないのも事実であるし、また闇の意味するものはけしておぞましいものばかりではない。夜の静寂、安らぎとなどといった事象をも闇は司っているのだ。

 エリスメアの父がレオズスその人であるということは、彼女の家族や、魔法の師匠であるハシュオン卿を除いては誰も知らないことである。彼女にしてみれば、“神の子供”という事実を知られたとしても別にかまわないと思っている。しかし人間達の中にはエリスメアを利用しようなどと考える輩がいないとも限らない。母と同じく人間としての生を選んだ彼女には、神としての力などないというのに。

 エリスメアは、アリューザ・ガルド北西部に位置する島、フェル・アルム島で生を受けた。彼女の母であるライニィ・メイゼルは、西方大陸《エヴェルク》のフィレイク王国からフェル・アルムに移り住んだ商家の娘だ。この一家はかねてよりハシュオン卿からの信頼を得ており、ライニィに娘が誕生した折りにはハシュオン卿直々に“エリスメア”という名前を授かったのだ。
 母ライニィはそれからも変わらずフェル・アルムにて商いを続けているが、父であるレオズスはあまり姿を現すことがない。彼は、失われた聖剣ガザ・ルイアートを見つけ出すという使命をその身に担い、常にアリューザ・ガルドやそれ以外の諸次元を彷徨しているため、なかなか家族と一緒に過ごす機会がないのだ。
 それでもこの一家は強い絆で結ばれている、というようにエリスメア自身は感じている。
作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥