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赤のミスティンキル

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 アザスタンはそう言うと、天に向かって頭を向けると一声、大きく吼えた。

 轟くようなその音をまともに聞いてしまったドゥローム達は、再び恐怖に震えた。ついにはジェオーレすらも失神してしまい、父親マイゼークは彼を抱き留めた。
 もはや顔色《がんしょく》を無くしたマイゼークが再び、恐る恐る龍の様子を見ると、そこには巨体を誇る龍の姿はなく、五フィーレ弱ほどの身長を持つ龍頭の戦士がいた。
「この姿ではどうだ。――これでもまだ不服か? ならばドゥロームの姿に変化《へんげ》してもいいのだぞ」
〔お、お待ち下さい!〕
 慌てふためいた様子でマイゼークが取り繕うとする。
〔龍であるあなた様に、なにもそこまでして頂くことはございません! ……分かりました。マイゼーク・シェズウニグは、炎の“司の長”の名において、あなた様とそこなる二人をデュンサアルの町へお招き申し上げます」
「賢明な判断だ」
 アザスタンは言った。
〔ひとつお伺いしてよろしいでしょうか。なぜ、あなた様はそうまでして、そこなる者達をかばいなさるのでしょうか?〕

 アザスタンは口元を歪ませるように笑い、言った。
「この両名は“炎の界《デ・イグ》”の中心部まで赴き、龍王様より直々の命を承り、さらには月の界へと向かった。かの地で彼らが成し遂げたことによって、色褪せていたアリューザ・ガルドの色はすべて元に戻ったのだ。今日、目にするこのような景色にな。……この行いは、デュンサアルの掟破りを償ってなお余りあるものであるどころか、むしろ賞賛されてしかるべきものではないか? ミスティンキル・グレスヴェンドとウィムリーフ・テルタージ。これなる両名は、大事を成し遂げた者達なのだ。それゆえに“司の長”マイゼークよ。――龍王イリリエンの御名をお借りして、誉れ高き両名の身の安全をすべからく確保するよう、そなたに命ずる!」

 してやったり。
 ミスティンキルは腕を組み、余裕の笑みを浮かべてマイゼークを見やった。その視線に気づいたマイゼークは、さも悔しそうな様子で彼を一瞥すると身を翻し、まだどうにか平静を保っている残りの兵士達に告げた。
〔予定していた事項は……取り消しだ! 我々はかの方々を、“集いの館”へ――司の長の集う館へとお連れ申し上げることになった。……以上!〕
 デュンサアルのドゥローム達はこうして、ミスティンキル達を先導するかたちで町へと戻っていくのだった。

◆◆◆◆

「え?! ……ちょっと待てよ?」
 突然思い出したかのように、ミスティンキルは声をあげた。彼はウィムリーフの側まで飛んでいくと、彼女に問いかけた。
「今までお前の姓を聞いたことがなかったから、アイバーフィンってのは自分たちの姓を人に名乗らないもんなのかと思ってたけど……ウィムリーフ・テルタージ、さっきそう言ってたよな? なあ、アザスタン」
 アザスタンは頷いた。そういえば月の界で魔導を解き放つに際しても、ウィムリーフ自身が名乗っていたではないか。テルタージという姓を。

 冒険家テルタージの名は、アリューザ・ガルドに広く知れ渡っている。彼らは夫婦であり、前人未踏の地域を探索する冒険家として名を馳せた。とくにアズニール暦千百年代の初頭に世に出た『天を彷徨う城キュルウェルセ』の冒険行は、名著として今も広く知られているものだ。文字の読めないミスティンキルも、故郷の島を時たま訪れてくる吟遊詩人の歌を通して、幼い頃から彼らの冒険行を何度か聞いた覚えがある。

 ウィムリーフは照れくさそうに鼻の頭をかきながらミスティンキルに言った。
「この冒険が終わったら、あんたに明かそう、とずっと思ってたんだけどね。そう。あたしの姓はテルタージ。ひょっとしたら隠す必要なんてないのかも知れないとも思ったけど、『冒険家テルタージの孫娘』っていう色眼鏡を付けられて見られるのだけはいやだったから、名乗らなかっただけ。気を悪くしないでね、ミスト」
「いや、別に怒ったりはしねえけど……びっくりした。じゃあ、ウィムが冒険家を目指しているってのは、やっぱり冒険家テルタージの影響なんだな。しかし……そうか。おれはずっと、テルタージはバイラルだとばかり思っていたけど、アイバーフィンだったとはなぁ。まだ健在なのか?」
「今はお婆さまのふるさとで静かに暮らしてるっていうふうに聞いてる。あと、本当のところを言っちゃうと、お爺さまのほうはアイバーフィンじゃないらしいの。セルアンディルだっけな? 今のアリューザ・ガルドにはいないとされてる種族の末裔らしいんだけど、詳しいところはあたしはあまり知らないのよ。……でも、あたしがこうして大きな魔力を持っているのは、多分お爺さまお婆さまの血の影響なんじゃないか、っていうふうには言われたことがある。とにかく、あたしが冒険家になりたいと思ったきっかけは、あたしも“冒険家テルタージ”のように名を馳せたい、と思ったから。それは違いないわ」
「おれたちがやり遂げた冒険行ってのも、テルタージの冒険に負けないくらいすごいもんだろう?」
「そう! とてつもないことをあたしたちは成し遂げちゃったのよ! 帰ったら早速今回の出来事を思い出せるだけ思い出して、書き留めなきゃね! もちろんミスト、あんたにも手伝ってもらうからね!」
 熱い意志を秘めた口調で言った後、ウィムリーフはミスティンキルに、にこりと微笑んだ。その屈託のない微笑みから、これからしばらくの間こき使われることを予見したミスティンキルは、重い溜息をつくほかなかった。




(二)

 アルトツァーン王国の王都、ガレン・デュイル。
 その王立図書館に通い詰めていたエリスメアは、ようやく最後の本を写し終え、おもむろに原本を閉じると、窓から外の景色を見やった。

 小高い丘の上に建築されたこの図書館からは、城下町の様子がよく分かる。町の中心を流れるヘイネデュオン河は空の色そのままに青く映え、ファルビン様式の赤い屋根の家並みは日の光を受けて鮮やかに彼女の青い瞳に飛び込んでくる。時はすでに昼近くになっているため、家々の煙突からは煙が立ち上っている。そんないつもと変わらない情景が今、ようやく人々の暮らしに戻ってきていた。
(ふう……。平和っていいものねえ)
 エリスメアは、三日前までの市中が混乱した様を思い起こし、あらためてそう思うのだった。

◆◆◆◆

 この都市、ガレン・デュイルは、遡ること二千年近く前に作られた、いにしえよりの都である。
 古くはイクリーク王国の王都であったこの城下町は、無事平穏のまま今日まで続いてきたわけではない。二千年という歴史の中では、血みどろの戦乱や黒々とした陰謀が渦巻いていた時代もあったが、それすら色褪せてしまうような大惨事が過去の歴史には刻まれているのだ。

 今より千五百年ほど昔。この世界には統一王国であるイクリーク王朝があった。当時まさに文化の爛熟期にあったイクリークであるが、腐敗が蔓延していた王朝そのものの没落の兆しは隠しきれるものではなかった。偶然にも、それと時を同じくして、世界のありとあらゆる事物の色が薄れていったのである。
 アリューザ・ガルドにおける色褪せは、今回が初めてではなかったのだ。
作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥