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赤のミスティンキル

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 とりとめのない夢を見ながらも、自分の名前が呼ばれているのを意識したミスティンキルは、浅い眠りからゆっくりと覚醒していった。

 もそりと上半身を起こし、二、三度首を振る。両腕を突き上げ大きく伸びをしてから、彼は目を開けた。
 すでに周囲は明るくなっているようだ。朝か、それとも昼か……などとのんきに構えていたミスティンキルの表情は次の瞬間一変した。
 彼のすぐ目前に、ごつごつした異様な“なにか”があったのだ!

 巨大な青い岩。その岩の一部が割れ、亀裂が上下に開いていくと、その奥からは黒めのうのように真っ黒な眼球が現れた。そして、その中央にある白い瞳孔が、ぎろりとミスティンキルを凝視する。
 およそ予想だに出来ない光景を目の当たりにして彼は瞬時に目が醒め、恐怖のあまり腰砕けのまま二歩三歩後ずさる。いつの間にか彼の体にかけられていた赤い上衣をぎゅっと握りしめる。
 あんぐりと開けたままの口がようやく閉じ、何とかかたことの言葉を発音した。
「ドゥ、ドゥ……龍《ドゥール・サウベレーン》?!」

 そう。彼の目の前には龍がいたのだ! 龍は、顔をこちらに向けた姿勢で臥していた。顔の大きさだけでも、ミスティンキルの身長を遥かに凌駕するほどの巨龍だ。幼い龍はともかく、これほど成長した龍が人の前に姿を現すことなど滅多にないことだが――。
(危ねえ!)
 そのようにミスティンキルが思った瞬間、彼の手元にはいくつもの火球が出現し、それらは矢のように龍めがけて飛んでいった。突如出現した真っ赤な火の玉は、明らかに魔法の力によるものだ。
 龍を目の前にして、本能的に危険を察知したミスティンキルは、威嚇のためでなく倒すという明確な意志のもと、とっさに攻撃の魔法を発動させたのだ――が、龍が首を一振りしただけで、それら全ての火球はあっけなく打ち消されてしまった。

【……龍の力を見くびるでない。そもそも、だ。魔法というものは、たやすく用いるべきものなのか? それは違うだろう】
 蒼龍の声がミスティンキルの頭に直接響いた。どうやらこの龍は敵意を持っていないらしい事が分かる。
 ふしゅるる、と音を立てて、龍は熱い鼻息を吹き出した。ちろちろとした炎がちらつくそれは、龍にとってのため息だったようだ。が、それでさえ人の身体を焼くには十分だ。ミスティンキルはさらに退いた。
【姿は変われど、わしだと見破れないようでは……いくら魔導の知識を得たと言っても、やはりお前は若い。浅はかで直情的……愚かだな。赤目の龍人】
 金色の角を持った青い体躯の龍の声はそう響いた。
「あんた、まさか……アザスタンか?」
 ミスティンキルが言うやいなや、龍は目を細めると次には天に向かって大きく吼え――姿を変えた。
 白い装束をまとい、二振りの剣を腰に下げた龍戦士の姿に。
「その、まさかというやつだ」
 アザスタンは腕を組み、ミスティンキルと対峙するとアズニール語で返答した。
「だがお前とは違い、ウィムリーフは大したものだったぞ。わしのことをきちんと理解していた。たとえわしが龍の姿をとっていたとしてもな」
「……うるせえなぁ」
 ぼさぼさになった頭髪をぼりぼりと掻きながら立ち上がると、きまりが悪そうにミスティンキルは返答した。

「だいたい、あんたは龍王の側近じゃなかったのか? それがなんだって、こんなとこにいるんだよ?」
「わしとて本意ではないのだがな。龍王様から命じられて仕方なくではあるが、しばらくの間お前達と行動を共にする」
 アザスタンは少々嘘をついたが、それが見破られることはなかった。
「……おれは嫌だぜ、そんなの」
 ミスティンキルは不満そうに口をとがらせた。彼にとって今のアザスタンの存在は、二人の間に割り入ってくる野暮な邪魔者としか思えない。
「そんなことを言っていいのか? もしわしがここで“炎の界《デ・イグ》”に還ってしまったらお前達、大変なことになるぞ。デュンサアルの人間達を説き伏せられるか、お前が?」
「……。あれだけ騒いでみせれば仕方ねえか……」
 ミスティンキルは舌打ちをした。
 自らの行動が招いた結果とはいえ、後先考えずにあれだけの大騒ぎをやってのけてしまったのだ。いくら“司の長”のエツェントゥーの口利きがあるとはいえ、何事もなくデュンサアルに戻れるとはとうてい思えない。よそ者のしでかした粗野な振る舞いに対して、敵意にも似た反感を抱く者も多々いるだろう。
 おそらく今頃、デュンサアルでは前代未聞の不祥事に蜂の巣をついたような大騒ぎになっているに違いない。下手をすれば、炎の“司の長”達が警備兵を引き連れてここまでやってくるかもしれない。そうなったとき掟破りの自分達は犯罪者として裁きにかけられるだろう。その先どうなるのかは分からないが、少なくともよくない結果がもたらされるのはミスティンキルにも分かった。

 ――だが、龍王から遣わされた龍がその場にいたとなれば、どうか?
 ここにいるアザスタンが
【彼らは龍王の命を受け、為すべきことを為し遂げたのだ。だからアリューザ・ガルドに再び色が戻ったのだ】
 とでも宣告をすれば?
 間違いなく状況は一変するだろう。むしろ逆に自分達は、龍王に選ばれた者としてデュンサアルの龍人達から好待遇を受けるかもしれない。ならば、と、ミスティンキルはアザスタンの介入を渋々受け入れた。
「ちっ……。俺としちゃあ不本意だが、どうやらあんたと一緒に行くほかなさそうだな、龍殿!」
「まあ、そういうことだ。しばらくしたら、こちら側からデュンサアルに向かうとするぞ。さしもの長達も肝を冷やすだろうがな!」
 アザスタンはのどの奥で笑った。これから起こるだろう数々の物事を予想し、楽しんでいるようだ。

◆◆◆◆

「そうだ。ウィムはどこに行っちまったんだ?」
「ミストが寝ている間にちょっと飛んでみて、デュンサアルの様子を眺めてきたのよ。……おはよう、ねぼすけさん。もう、おてんとうさまも高いわよ!」
 その時ウィムリーフが真後ろからミスティンキルの背中を軽く小突いた。彼女の口調から察するに、ミスティンキルの様子にややあきれているようだ。
「あ? ……ああ、おはよう……」
「まったく……。この期に及んで真剣みに欠けてるのよねぇ、あんたは! ほら、ちゃっちゃと服を着て! ……あ、そうだ。それでね、アザスタン。いい加減なんかしらの行動を起こさないと、あたし達本当にまずいことになるわよ!」
 ウィムリーフは半ば惚けたままの相棒を叱咤した後すたすたと歩き、龍頭の戦士に向かって言った。
「ついにドゥローム達が動いたか」
「そう! 二人のドゥロームが指揮を執ってるようでね。そのあとに武器を持った兵士達が続いているわ。もう、山道に続く吊り橋を渡り終えてるから……あの連中が翼を使って飛んでくるとしたら、すぐにでもここに来ちゃうわよ!」
 彼女の口調は、きわめて真摯だ。やや焦る気持ちが表に出ているが。
 対するミスティンキルは、
「へぇ。よくそんなことが分かったなあ」
 などと、のんきな口を返す。
「……!!」
 ぷちん。
 もし彼女から音がしたとするならば、まさしくこんな感じだろう。
作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥