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赤のミスティンキル

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 アリューザ・ガルドからこの世界に転移したとき、つまり<赤い思念体>を象って炎の界に顕現したとき、この世界の炎達は激しい業火となって自分達に襲いかかった。あれがおそらくは試練だったのだろう。あのとき自分は抗うことなく、炎に身をゆだね、また一見不条理とも思えるこの世界特有の理《ことわり》を、ごく当たり前のものとして受け入れた。
 その瞬間、炎の理はミスティンキルの知るところとなり、炎の力は彼のものとなった。それを経ているからこそ今、自分達は“炎の界《デ・イグ》”の中心部に存在出来ている。ミスティンキルはそう悟った。思う間もなく試練を乗り越えてしまったことにいささか拍子抜けしながら。
 だが、ふつうのドゥロームであればもっと長いこと試練に苦しみ、その果てに理を掴むものなのだ。しかし、この赤い力の持ち主はいともたやすく試練に打ち勝った。それもまたミスティンキルが元来持っている力の強さ故であるのだが、当の本人はまったく気づいていない。

 ようやくミスティンキルは、先行していたウィムリーフに追いついた。みるとウィムリーフの息はやや上がっているようだ。空を自在に舞う彼女にしては、らしくない。ウィムリーフは、ミスティンキルのそばに寄ってきた。
「あれ……不思議ね。今まで暑くてたまらなかったのに、あんたが来たとたん涼しくなったわ。ミストは、飛んでいて暑くなかった?」
 ミスティンキルがかぶりを振るのを見て、ウィムリーフはさも不思議そうに首を左右にかしげた。
 再び、アザスタンからの声が届く。
【そのミスティンキル……からあまり離れないことだな。ウィムリーフ、おぬしは炎の試練を乗り越えて理を知ったわけではないのだ。今までこの世界でお前自身を維持出来ていたのは、ミスティンキルの守りがあったためだ。距離が離れればその守りも薄くなり、やがては炎に焼かれてしまう】
 それを聞いたウィムリーフは目を丸くし、さらにミスティンキルに体を寄り合わせるのだった。
「そんな怖いことを淡々と言わないでよ! じゃあなに、今あと少しであたしの体は燃えるところだったっていうわけ? ちょっと、聞いてるの? アザスタン!」
【はっは……。龍に対しても怯むことのないその堂々とした言い様、わしは気に入ったぞ、アイバーフィンの娘よ。……まあ、ぬしの言うとおりだ。お前がいくら風の王じきじきの加護を得ているからといって、炎の世界を見くびると痛い目に遭うというもの。それを心に留め置くのだな。だからこそ、わしも前もって注意しなかったのだ】
 それを聞いたウィムリーフは、むう、と一言唸った。
「あたしとしたことが、すっかり増長しちゃってた、なんてね……。それに、あたしの力はやっぱり、ミストには敵わないのか……」
 ウィムリーフにしてはめずらしく自嘲気味に言った。その表情にはややかげりすらも伺えたがそれも一瞬、ミスティンキルが知るいつもどおりの彼女へ戻った。

 荒れ狂う炎の力が徐々に強まっていくのをミスティンキルは感じ取った。アザスタンがさきに言ったとおり、じきに嵐がやってくるのだろう。ミスティンキルは、ウィムリーフに一声かけると飛ぶ速度を増した。
 深紅に煌めく水晶球の威容が近づいてくる。

◆◆◆◆

 黒い翼を得た赤い力の使い手と、白い翼を羽ばたかせる青い力の持ち主はともに横に並んで宙を疾駆し、龍戦士の後を追っていた。ちらと後ろを振り返ると、先ほどまで自分達がいただろう空間には、ふつふつとたぎる溶岩を思わせる重厚な炎の塊が出現していた。その塊は飴か粘土のように空間一面に拡散すると、質量をまるで感じさせないかのように激しく吹き荒れた。飛び立つのがもう少し遅ければ、アリューザ・ガルドではおよそ想像もつかない、あの異様な嵐に飲まれてしまっていたのだろう。

 前方、彼らの視界には、いよいよ眼前に迫ったイリリエンの住まう球体のみが映る。ミスティンキルの故郷であるドゥノーン島が、丸ごと球の中に収まってしまうかのように思えるほど、途方もなく大きい。遠くから見たときは分からなかったが、この深紅の太陽は完全な球体ではなく、多面体のように表面が削られているように見える。その表面のあちらこちらでは、赤や橙、はたまた白など色とりどりの炎がとぐろを巻き、時折高々と火柱を突き上げると、そのたびに球体の面は光り輝くのだった。

 この球の近くには何匹かの龍が飛び交っていた。彼らは見慣れない人間達が来たことを察知すると、二人のすぐそばまでやってくる。いかつい龍鱗を持つ赤龍や、すらりとした体躯が美しい銀龍、さきほど会ったことのある小柄な白龍など、ひとくくりに龍と言っても彼らの容姿は様々だ。
 ここの龍達には敵意を感じない。龍達はそれぞれ思い思いに二人の周りを飛び交う。その威風堂々とした様に、二人はすっかり魅了されるのだった。
 ふとミスティンキルは、銀龍の大きな瞳と目があった。瞳の色こそ違えど、その瞳孔は縦に細長く切れている。――自分と同じように。おれもいずれ、このような龍の姿を持つことになるのだろうか、とミスティンキルは思った。
 龍達の中でも一番の巨躯を持つ赤龍がアザスタンの横に並ぶと彼に話しかける。横に並ぶと言っても、たとえるのならば巨岩と大鷹ほど、彼らの大きさには差異がある。
【ドゥロームと、さらにはアイバーフィンとは! さても珍しいものだ。先ほどから龍王様がお待ちのようだが、こいつらを待っていたというのかな。アザスタン、お前は何か知っているのか?】
 赤龍はしゃがれた低い声を発する。
【どうだろうか。かの方の心の内は、とらえどころがない炎そのものだ。あのドゥロームが龍王様に会いたいと言ったからわしはここに連れてきた。だが、今こうして力ある存在がデ・イグに顕現したというのは、何かしらの引き合わせなのかもしれんな】
【運命というものは私の関知するところではないが、それもまた楽しみなことだ】
 龍達は謎めいた会話を交わし、そして赤龍は身を翻して去っていった。

 そうこうするうちにアザスタンはとうとう球体の表面にたどり着いた。しかし彼は球体に降り立つ様子を見せず、また、飛ぶ速度を落とそうとしない。どうするのだろうかとミスティンキルが訝るうちに、龍の頭は球面に接触し――表面をすり抜けて中へと消えていった。
 ミスティンキル達も少し遅れて赤い水晶球に到着した。今し方のアザスタンの様子を見ていた彼らは炎の壁の間際で滞空し、どうしたものかと互いの顔を見合わせる。
 まずはウィムリーフがおそるおそる指先を壁に触れさせる。すると何の抵抗もなく、指先は壁の中に埋まる。
「面白い感じよ。ほら、お菓子の生地みたいにふわふわしててさ。……このでっかい丸全部がお菓子だったらすごいわよねえ?」
「こんなふうにめらめら燃えてる菓子なんか、誰が食べるってんだよ」
 ぶっきらぼうに言うミスティンキルは右の腕を壁に突入させる。すぐ横でウィムリーフが口をとがらせて不満を言うのを聞きながら。
「ふうん。生地、と言うよりはクリームだな、こいつは」
作品名:赤のミスティンキル 作家名:大気杜弥