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ホワイトアウトクリスマス

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「うん、サンタクロース。子供にプレゼントを運ぶ、あのサンタクロース」
「そんなわけ」
「どうして? 僕はサンタクロースだよ。君がイエス・キリストなのと同じ様に」
「…………」
 少女は眉を寄せ、それからまた正面に向き直った。
「ちょっと難しい話をするけれどね。僕はサンタクロースであると同時に、ただの高校生なんだ。普段は高校生をやってるんだけど、クリスマスの日になるとサンタクロースになる。でもね。これは、皆やっていることなんだ。例えば僕の父親は実は仏陀なんだけど、普段はサラリーマンをやってる。母親は普段はパートに出てる主婦だけど、怒ったら鬼になる」
「…………」
「世界中を見渡してみると、実は皆そうなんだって分かるんだ。君が普段はただの女の子でその実イエス・キリストであるように、人間は皆、何かであると同時に他の何かなんだよ」
 少年は流れるように喋る。少女はただ、その話を黙って聞いているようだ。
 白い空が西から翳りだし、冷たい空気が一層その厚みを増していく。
「僕がこの考えに至ったのは、君のことを本当に信じようと思った結果なんだ。僕と君が初めて出会ったのは春のことだったけれど、その時君は、自分の事を佐保姫だと言った。春の女神の佐保姫だと。僕が信じないから、君は怒って行ってしまって、それからまた夏になるまでは会うこともなかった。でも、八月、また僕は君と出会った。あの時君は人魚姫なんだと言ったね。陸に上がってもう帰ることができないのだと。秋に会った時は竜田姫だったかな。色色なことを知っているんだね」
 少女は黙ったままだが、よく見ると下唇をぎゅっと噛んでいるのが分かる。
「僕は結構考えたんだ。君は虚言癖のある子で、今まで言っていたことは全て出鱈目なんじゃないかって思ったこともあったけど、それでも僕は君の事を信じたかった。それで考えに考えて、さっきみたいな結論に至ったんだ。君は佐保姫で人魚姫で竜田姫で、イエス・キリストだ。そして同時に、ただの女の子だ」
 少女は下唇を噛み締めて、何かに耐えるように目を瞠り、そのまま俯いて肩を震わせた。
「今日僕がここに来たのはね、君がここに来ているだろうと思ったからだよ。ただ、それだけ。僕は君に会いたかった」
 地面に盛り上がった雪の白さが、少年の笑顔を照らしている。少女は眩しそうにそれをちらりと見て、すぐに目を伏せた。彼女の上向きの睫毛の上に、一片の雪が舞い降りる。少年はそれを見つめながら、言った。
「僕は君が誰だって良いんだ。君が好きなんだ」
 少女は弾かれたように立ち上がり、そのまま駆け出そうとしたが、思い直したように、丘の中腹に立ち止まった。降り始めた雪がちらほらと空間を埋めている。
 少女は白い息を小刻みに吐き出しながら、ゆっくりと少年のほうへ体を向けた。その表情からは、感情を読み取ることが容易でない。しかし少年はそんなことには一切気を払っていなかった。言いたいことを全て言い尽くし、満足しきって少女を眺めている。少女は殆ど無表情のようなその相貌を崩し、泣き出しそうな顔になった。
「どうしたの」
 少年は相変わらずベンチに座ったままの姿勢で、のんびりと尋ねた。
少女は足元の雪を少年に向かって蹴り上げた。だが、その僅かな雪の塊は、ベンチまで届かずに散った。細かい雪の欠片だけが、一陣の風にあおられ、そこに小さな吹雪を巻き起こした。その欠片の一つ一つがきらきらと反射し、少年の目を刺激した。降り積もった雪の白さと舞い落ちてくる雪の光、そして今巻き起こった吹雪の欠片が視界一杯に広がり、少年は今自分がどこにいるのか分からなくなった。目の前に雪原が現れたかのようだった。空も地面も白く、一点の曇りもない。天も地もなく、西も東もない。ホワイトアウトという言葉が不意に少年の脳裏をよぎる。
 やがて小さな吹雪は消え失せ、それまでちらほらと舞っていただけの雪が、いよいよ本降りになってきた。クリスマスの公園には、黒い耳当てをし、紺色のコートを着た少年がただ一人、ベンチに座っているのだった。
作品名:ホワイトアウトクリスマス 作家名:tei