小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

So Wonderful Day

INDEX|10ページ/11ページ|

次のページ前のページ
 

(8)




 午後八時を回った頃、朝の早い娘夫婦が帰り支度を始めたので、パーティーはお開きになった。クリスマスから新年の長い休暇に入ったとは言え、家畜の世話は休めない。
 ジェフリーとリクヤは外まで三人を見送りに出た。エイミーはジェームズの腕の中ですっかり夢の中だった。泊まって夜明け前に帰ったらどうかとジェフリーは勧めたが、
「お邪魔でしょ?」
とエレナに耳打ちされる。ジェフリーは慌ててリクヤの方を見た。彼はジェームズと話をしていて聞こえていないようであった。
 天気予報通りに雲は晴れ、夜目にも澄んだ群青色の夜空に星が瞬いている。その下を帰って行くエレナ達の車を見送り、家の中に入った。
 ホームパーティー慣れしているエレナのおかげで、細々したものはあらかた片付けられていた。ダイニングテーブルはすでに元の位置に戻され、後は部屋の壁際に寄せたソファを中央に戻せば良い。それらも片付けて行くとジェームズは言ってくれたが、「後は自分達で出来るから」と断って帰らせた。ロング・ソファもシングルソファも小さなキャスターがワンタッチで出せ、力は不要だった。床続きのキッチンで、少し耳につく機械音を響かせていた古い食洗器が止まる頃には、いつものリビングに戻った。
「もう一杯、コーヒーはどうだい?」
 リクヤが彼愛用のオットマンを定位置のシングルソファ前に運んだところで、ジェフリーが声をかけた。
 コーヒーメーカーにはちょうど二杯分のコーヒーが残っている。彼が頷いたので、それぞれのマグカップを用意してコーヒーを注いだ。それからバーボンとミルク、砂糖を少々入れる。アシェンナレイクサイドに来てから覚えた飲み方だ。身体が暖まり、砂糖の甘さで疲れも取れる。冬にぴったりのアレンジ・コーヒーだった。普段は何も入れない派の二人だが、今日は忙しい一日だったため、身体は程よい甘みを欲しているに違いない。
 リビングにはクリスマスに相応しいBGMが流れていた。柔らかなピアノの音色のみのそれは、『Your birthday』と名づけられた連作のアルバムで、演奏はユアン・グリフィスによる。そう、イブに毎年、マクレインで催されたミニ・コンサートのライブ録音である。
 ユアン・グリフィスが最愛のリクヤのために贈った演奏は一年遅れでCD化され、翌年のクリスマス・シーズンに予約限定で販売された。シリアル・ナンバーの『1』のディスクは、常にリクヤのものだった。
 ジェフリーはその『シリアルNo.1』の存在を知っていた。ニューヨークのクイーンズの彼のアパートでも、この家でも、リクヤの本棚に並んでいる。しかし彼が聴いている姿は今まで見たことがなかった。実際、聴いたことはなかったろう。今夜、「BGMに」とリクヤが持って来た数枚は、新しいままだった。
 シリアルNo.1のCDは一般用と違って特別仕様であった。レーベル面は白い無地で、一見、未使用のCDかDVDにしか見えない。そこに手書きで何語かわからない――多分、ユアンの手によるものと思われる――五文字が記されているので尚更だ。文字の意味をリクヤに尋ねたが、教えてもらえなかった。
「今日は大変な一日だったな」
ジェフリーがカップを手渡すと、リクヤは「ありがとう」と言って口をつけた。ふわりと香るアルコールに、彼の口元が緩んだ。
「そうだな。でも良い一日だったよ」
 二人で今日一日のことを振り返る。大雪で困ったこと、焦ったこと、バートン家でのこと。新生児を見たのは久しぶりだとか、ミセス・バートンの現役っぷりだとか。
「これでますます彼女に頭が上がらない」
 リクヤが苦笑する。
 曲が変わった。それまでの曲を気にかけなかったジェフリーの耳が反応する。センチメンタルでスローな曲調の『Have Yourself A Merry Little Christmas』は、数多のクリスマス・ソングの中でジェフリーが最も好きな曲だった。
「踊らないか、リック?」
 ジェフリーは立ち上がって、リクヤに手を差し伸べた。リクヤの反応は「はあ?」である。しかしジェフリーはお構い無しに、彼の腕を掴んだ。
「何?」
「この曲、好きなんだ」
「だからって、何で踊るんだ?」
「踊りたい気分だからさ」
 ジェフリーは掴んだリクヤの腕を引き、立たせた。それから彼の腰に手を回し、ダンスの姿勢を取る。
「バーボン・コーヒーで酔ったのか?」
「今日はクリスマスだし、マイケル達に待望の女の子が生まれた。何より、君の誕生日だからな」
 音楽に合わせて身体を揺らす。身長が同じくらいのパートナーと踊るのも、同性と踊るのも初めてだった。ダンス自体、いつ以来だったか記憶に薄い。ただ、ジェフリーはどうしようなく踊りたくなったのだ。この静かな夜に、リクヤと。
 酔っ払いの戯言とでも捉えているのだろうか、リクヤはジェフリーの手を振り払わなかった。呆れたような目の表情ではあるものの、ジェフリーに付き合って、ゆっくりとステップを踏む。
「君がダンスをする性質だとは知らなかったよ」
 リクヤはそう言うと、さりげなくポジション・チェンジ、つまり、自分がリードする側に立とうとした。ジェフリーはそれを無視する。
「よく踊ったよ、プロムから始まって、元妻達との結婚生活でもね」
 ポジション獲りの攻防がしばらく続いたが、軍配はダンスをしたいと望んだジェフリーに上がった。と言うよりも、戯言だと思っているリクヤが譲ってくれた感は強かった。
「今日はジェフの意外な面ばかり見るな」
「人一人のことを全部知ることは、なかなか出来ないさ」
 ジェフリーの答えにリクヤは少し目を見開いた。
「どうかしたかい?」
「昔…、同じセリフを言ったことがあるんだ」
 そう言うと彼は、ジェフリーの肩越しに視線を送った。懐かしむような、切ないような、どこか遠くを見るような。
 リクヤがそのセリフを誰に言ったのか、ジェフリーはあえて聞かなかった。彼の表情から相手が知れる。それに、これから暮らすうちに話してくれる日が来るだろう。二人の『時間』は始まったばかりだ。焦ることはないと、ジェフリーは自分自身に言い聞かせる。
「これからもっと色々、お互いを知ることになるさ。きっと毎日飽きないよ。ちなみに僕の誕生日は一月二十三日だからな」
 そしてとりあえず「君の事を知りたい、自分のことを知って欲しい」と言う気持ちを匂わせてはおいた。
 そんなジェフリーの秘めたる思いを知ってか知らずか、リクヤは「中途半端で覚えにくい」と言った。その部分は付け足しだったのにと、ジェフリーは胸の内で彼に突っ込んだ。
「そうでもないさ、one、two、threeだぜ?」
 二人は顔を見合わせて笑う。
 そんなやり取りをする間に曲は終わった。足は止まり、二人の身体は離れた。
「まだ宵の口だな。飲みなおさないか?」
 ジェフリーがそう言うとリクヤが「いいね」と答えたので、バーボンとグラスを用意した。残った料理をエレナがタッパーに詰めて冷蔵庫に片付けていたので、酒の肴になりそうなものを見繕い、クラッカーを副える。それらをリビングのテーブルに乗せた。
 リクヤはジェフリー特製ザッハトルテもどきのバースデイ・ケーキも出した。
作品名:So Wonderful Day 作家名:紙森けい