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勇者と魔王の話

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 むかーし、むかし。いつなのかも分からないほど昔のことでございます。
 恵み豊かな緑の国の隅っこにある小さな小さな村に一人の若者が住んでおりました。大地の豊かな恵みと優しい家族に囲まれて何不自由なく暮らしていましたが、毎日がとても平和でのどかだったので、若者は少しばかり退屈していたくらいでした。
 しかしそれも北の国が攻めて来るまでのことでした。もちろん、この小さな村に軍隊に対する備えがあるはずもありません。村は瞬く間に戦火にのまれ、焼け野原になってしまいました。家族と故郷を失った若者はたいそう悲しみ、仇を取ることを誓いました。
 一人故郷を後にした若者は、緑の国で一番大きな砦に向かいました。そこは北の軍隊と戦うために大勢の兵士がいるところだったからです。若者はそこで兵士になり、北の国と戦おうと考えたのでした。
砦に向かう途中、若者は悪漢に追われている一人の女の子を助けました。その子も砦に行くと言うので、若者は女の子と一緒に砦に向かうことにしました。
 ところが砦に向かう間、若者と女の子が仲良くなることはありませんでした。女の子が真面目でとても礼儀正しいのに対し、若者は粗野で思いやりに欠けていたからです。砦にたどり着くまで、二人は喧嘩ばかりしていました。
 砦に着いた若者はそこで驚くことを知りました。なんと彼が助けた女の子は緑の国のお姫様だったのです。王様とお后様はすでに亡くなっていたので、王様に代わってお姫様が北の国と戦うために兵士を率いていたのでした。
 お姫様を助けた褒美として兵士となった若者は、北の国を相手に一生懸命戦いました。不思議なことに若者のいる部隊は勝ち続け、若者はいつしか指揮を任されるようになりました。初めは喧嘩ばかりしていたお姫様も若者を信頼するようになり、王家の宝物である立派な剣を与えました。剣を手にした若者は次々と勝利を納め、ついに北の軍隊を打ち破りました。
 緑の国を救った若者は、人々から勇者と呼ばれるようになりました。そしてお姫様と結婚し、幸せな暮らしを手に入れたとさ。
 めでたしめでたし・・・・・・ではありませんでした。
 平和を取り戻した緑の国に、再び北の国が攻め込んで来たのです。勇者は国を守るため、剣を取って戦いました。しかし今度は勇者と同じくらい強い騎士が北の軍隊を率いていて、なかなか追い返すことができません。終わりの見えない戦いに、勇者も緑の国の人々もどんどん疲れていきました。
 そうしたある日のことでした。勇者が留守の間に緑の国のお城が襲われて、妻である緑の国の女王様と産まれたばかりの息子を殺されてしまったのです。愛する家族を失った勇者は昔故郷を失った時よりも、深く悲しみ、強く怒り、北の国を激しく憎むようになりました。
 やがて勇者は仲間の説得も聞かず、一人北の国へと向かいました。目指す先は北の国のお城です。勇者は城を守る北の軍の兵士たちをすべて倒すと、騎士に戦いを挑みました。
 戦いは三日三晩続きました。騎士は怪我を負っているというのに、とても強くてなかなか勝つことができません。騎士の人とは思えない強さの前に、勇者は次第に追い詰められていきました。
 しかし勇者が敗れそうになった時、仲間たちが彼を守るべく駆けつけてきました。ですが勇者は騎士を倒すことしか頭にありません。助けに来た仲間へのほとんど感謝することもせず、再び騎士に戦いを挑みました。勇者の側に仲間がたくさんいるのに対し、騎士はたった一人だけ。どんなに騎士が強くてもみんなの力を合わせれば、絶対に負けるはずがないとみんなみんな思っていました。
 けれど結局、騎士に勝つことはできませんでした。それどころか仲間たちは勇者を守って一人、また一人と倒れていきます。そして気づいた時には、魔術師も僧侶も弓使いも盗賊も重装兵も獣使いも僧兵も剣士も槍使いも、みんな死んでしまいました。
 すべて失ってから、勇者は自分の愚かさに気付きました。北の城に乗り込んだりしなければ、みんな死なずにすんだかもしれません。けれど怒りと憎しみで我を忘れ、考えもなしに騎士に戦いを挑んだために、自分を助けようとした仲間を死なせてしまったのです。
 勇者は深手を負っていて、もう戦うことはできませんでした。愛する妻に貰った宝剣も、輝きを失ってもうなんの力もありません。家族の仇を取ることも、仲間を守ることもできず、勇者は騎士に殺されてしまいました。
 死に逝くとき、勇者がなにを思ったのか。
それは誰にも分かりません。
作品名:勇者と魔王の話 作家名:紫苑