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セクエストゥラータ

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 奈津美の誘拐が、試合の結果を左右できる人物を脅迫する目的で行われたものであるならば、その人物に誘拐したことを伝えなければならない。僕に伝えても意味はないってことだ。
 僕の利用価値は、その人物の傍に行かせて不安を煽らせることぐらいしかない。しかしそれは、脅迫に屈させるためには効果的な揺さぶりとなる。にも拘らず、犯人によるその人物への誘導は、実にゆっくりとしたものだった。
 僕にはその人物に奈津美が誘拐されたことを伝える手段がないことから、犯人は既にその人物に対する脅迫を終えているか、元より脅迫するつもりがないかのどちらかということになる。
 既に脅迫を終えている場合、僕に奈津美の父親捜しをさせているのは、単なる余興に過ぎず、犯人の目的は要求通り『次の試合で日本が負けること』になる。
 逆説的になるけれど、効果的な揺さぶりとなる僕を遊ばせておくのは、目的のために誘拐までした犯人像とは一致しない。
 では、犯人は試合の勝敗に興味などなく、僕に奈津美の父親捜しをさせることが目的だった、と仮定したらどうだろうか。
 一歩一歩を踏みしめるように確かめさせながらの誘導は、いきなりその人物の名を告げられた場合よりも、自分で調べ上げた結果としてより強い認識を持つことになる。
 今の僕は、奈津美の父親は原田監督ではない、と言われたとしても、素直に受け入れることはできない。
 犯人はこう言っていた。
『事件が公になって困るのは誰か』
 結婚する以前の独身時代のことなのだから、不義の子、というわけではないけれど、代表監督に隠し子がいたとなれば、それなりのスキャンダルにはなる。少なくとも、マスコミ各社は大喜びで食いつくだろう。
 何かが変だと思っていたんだ。
 一個人には実現不可能な要求。警察介入の容認。いずれも事件を公にしてくれといわんばかり。
 犯人の狙いが、原田監督には奈津美という婚外子が存在する、と世間に知らしめることにあったとすれば、まだ納得ができる。
 思い起こせば、犯人は奈津美の父親のことを『最低のクズ野郎』と呼んでいた。犯人の原田監督に対する怨恨が窺える。

「質問には答えない。だが、正解だと言っておこう」
「僕らには彼に会う手段がない」
「行けば分かる。そんなことより、早く捕まえに来いよ。待っててやるから」
 そこで通話は途切れた。
 僕はパオロに探し人が原田監督で間違いないことを伝えた。
 パオロは、駅に行くか、と僕を促したけれど、顔には、無駄足でしかない、と書いてあった。
 僕はさっき閃いたことのすべてをパオロに話した。
「そうだな。怨恨だとすれば、原田が所縁のあるボローニャに来るのを待っていたのも頷ける」
 パオロが言いたいのは、トーナメント初戦であるスペイン戦の前にも実行するチャンスはあったはずだ、ということだ。
 そしてパオロは続けた。
「そうなると、犯人は日本人だな」
 その一言に、僕は呼吸を忘れた。
「もし、日本が初戦で敗退していたらどうなる? 日本チームはすぐに帰国してしまう。イタリアの人間なら、恨みを晴らす絶好の機会を失ってしまうことになる。犯人は、その気になればいつでも恨みを晴らせたんだ。だからこそ、因縁の場所を選んだんじゃないのか?」
 パオロの言うように、日本がスペイン戦に勝てるという確証はなかった。それはどこのチームだって同じだ。必ず勝てると分かっている試合なんて存在しない。
 奈津美の誘拐を、スペイン戦のあとに実行した理由として考えられるのは、大きく分けて次の三つ。
 一つ、実行する隙がなかった。
 二つ、イタリアを確実に勝たせるため。
 三つ、ボローニャで恨みを晴らすため。
 まず一つ目はありえない。
 観光で浮かれていた僕らは、隙だらけだったはずだ。
 次に二つ目。
 イタリアを勝たせるためならば、審判を脅迫するか、買収するのがより確実だ。更に、これまでの犯人行動からは、試合の勝敗に対する興味が感じられない。
 そして三つ目。
 原田監督への個人的な怨恨。
 現役時代の原田監督は、ここボローニャで最盛期を築いた。そんな思い入れのある街で、その当時のスキャンダルを暴露することで、名誉や栄光に泥を塗るつもりなのだろう。
 けれど、僕には大きな打撃を与えられることのようには到底思えない。
 そんなことで恨みは晴れるのだろうか?
 それだけのために誘拐までするだろうか?
 犯人が日本人だと仮定して、恨みを持つのはどんな人物だろうかと考えてみた。
 考えられるのは、代表チームのスタッフやサッカー協会、そして選手との確執。でも、サッカーに関する話題を遠ざけてきた僕には、何一つとして思い当たることがない。
 奈津美の母親は、原田監督を恨んでいるだろうか?
 いいや、そんなことはない。恨んでいたとしたら、奈津美があんな真っ直ぐに育つはずがない。
「原田はファルファローネ(プレイボーイの意)だったな。余所の国じゃ、イタリアの男はみんなファルファローネだと言われているが、そいつらも舌を巻くほどの手の早さだったらしい。原田はこの国が性に合っていたのかもしれないな」
「そのうちの一人が奈津美の母親?」
「そういうことになるな。原田の退団は女癖の悪さを指摘した監督との確執が原因だと噂されていた。チームは原田が出て行った途端に低迷を始めたから、監督も辞任に追い込まれたんだが」
 パオロの言うことが本当なら、女癖の悪さは既に暴露されていたことになる。それが元でボローニャを離れたのであれば、新聞に書いてあった皮肉めいた文章も合点がいく。
 既に暴露されているなら、犯人はどうやって恨みを晴らすつもりなんだろうか。
 怨恨でもないのかもしれない。
「その人が根に持ってるってことはない?」
「ないな」
 パオロはキッパリと断言した。
「そのあと、代表チームの監督になった。今ではイタリアサッカー協会の会長さ」
「そういう意味では因縁はあるんだね」
「それだけじゃない。オレの親父だ」
「嘘っ!?」
「すまん、嘘だ」
 どうもパオロは緊張感が持続しないタイプらしい。
「こうも偶然が続くと、オレも乗っかりたくなったんだ」
 偶然。
 パオロとこうしていることは紛れもなく偶然の産物だし、愛花さんとの再会も偶然だった。そして、その二つの偶然がなければ、僕は奈津美の父親が誰であるのかを知ることもできなかった。
「いや、その二つだけじゃない」
 パオロは神妙な顔つきになる。
「お前さんが今ここにいることもそうだ」
「確かにそうだね」
 僕は頷いた。
 そしてそれは、奈津美にだって当てはまる。
 奈津美はサッカーについてそれほど興味を持っていなかった。犯人はその気になればいつでも恨みを晴らせたのだとしても、奈津美がイタリアを訪れるのを待っていたとは考えにくい。
 犯人が原田監督の隠し子という奈津美の素性を知っていたとしても、奈津美本人がサッカーに興味を持っていなければ、W杯に合わせてイタリアへは行かない。
 確かに、原田監督に恨みを持つ犯人にとっては、原田監督の隠し子である奈津美がイタリアを訪れるのは、恨みを晴らす絶好の機会となったはずだ。しかしそれは、偶然の産物に他ならない。
 そこで一つの疑問が浮かんだ。
作品名:セクエストゥラータ 作家名:村崎右近