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セクエストゥラータ

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●第三章 想像以上、推理未満


 整理しよう。
 河合奈津美が誘拐されたのは、イタリア北部のヴェローナにあるマルク・アントニオ・ベンテゴディ・スタジアム。そこで行われたW杯決勝トーナメント初戦(スペイン戦)終了後、中村由佳と二人でトイレに向かった河合奈津美は、そのまま戻ってこなかった。
 取材で現地入りしていた池上愛花を通して、警備を行っていた地元警察にも探してもらったが、河合奈津美は見つからなかった。
 僕と黒木信輝しか番号を知らないはずの携帯電話に、『女は預かった』という電話が掛かってくる。番号を知るには、河合奈津美に持たせていたメモを見るしかない。
 河合奈津美が誘拐されたことが確定する。
 警察官である黒木信輝は、イタリアに残っての捜索を上司に願い出たが、許可は下りず日本へ帰ることになった。
 そうして、イタリアには僕と中村由佳だけが残った。
 僕たちは藁にもすがる思いで、ヴェローナで刑事をやっているという、偶然知り合ったタクシー運転手カルロの弟、パオロを訪ねた。
 日本好きのパオロは、僕たちに協力を約束してくれた。
 その後、僕は嫌がる中村由佳を説得して、空港へと向かわせた。

 そして、翌六月二十四日。
 僕は、パオロと二人でボローニャに来ていた。
 到着したのはパーチェ広場。六月二十八日に、日本とイタリアとの試合が行われるレナトダッラーラ・スタジアムのすぐ隣だ。
 試合前日となる二十七日には、芝の具合を確かめるなどの目的で日本代表チームがこのスタジアムを訪れる予定になっている。
 それまでは、このスタジアムで試合は行われないし、どのチームにも練習場として開放されていない。
 つまり今、このスタジアムは無人ということになる。
 僕たちがそんな場所に来た目的はというと――
「本人がいた場所に行くのが一番さ」
 原田監督はどんな人なのか、と問い掛けた僕に、パオロは、日本人のお前さんが聞くことじゃないな、と苦笑しながらボローニャまで車を走らせた。
 ボローニャは、ヴェローナの南に位置する都市で、移動に掛かる時間は二時間といったところだ。緯度にして約一度分だ、とパオロが言っていた。ちなみに、ミラノはヴェローナから西に『緯度にして約一度分と少し』進んだ場所にある。
「原田がいたチームのホームスタジアムだ」
 二十三年前、原田監督はここボローニャをホームタウンとするチームに在籍していたらしい。パオロは、当時の原田監督がチームの中心選手だったことを教えてくれた。
 確かに、現地の新聞には『ritorno trionfante(凱旋)』という言葉が見える。けれど、どう読んでも皮肉めいた言葉としてしか読み取れない文章だった。
「しかし、随分と回りくどいことをするもんだな、犯人は」
 車を降りたパオロは、眩しそうに目を細めてスタジアムに視線を飛ばした。
「回りくどい?」
「オレなら主審を脅迫するね」
 なるほど。一理ある。
 つまりパオロは、もっと確実な方法があるはずだと言っているんだ。……と思う。
「さて、これからどうするかな」
 僕は無言のままに車を降りた。
「移動中に考え付くと思っていたんだが」
 頭を抱える僕とは対照的に、パオロは陽気に笑っていた。
 逆探知を仕掛けたものの、犯人からの連絡はヴェローナの警察署で受けたのを最後に、ぱったりと止まっている。
 正式な捜査ではないために、いわゆる捜査令状がなく、僕の番号の通話記録を調べることはできないそうだ。犯人がどこから電話を掛けていたのかが分かっていれば、こんな悠長に観光めいた見物をしたりはしない。
 犯人からの電話がなければ、僕らには手の打ちようがない。
 それが現状だ。
 昨日は、由佳を見送ったあと、犯人からの電話をひたすら待って、碌に会話もしないまま夜を迎えて、パオロの家でピッツァを食べて、そのまま眠ってしまった。
 時間が経ったおかげで、随分と落ち着くことができた。昨日は冷静だったと思っていたけれど、今なら分かる。僕は冷静じゃなった。
 改めて事件のことを考える。
 奈津美を誘拐した犯人の目的はなんだろうか?
 要求されたのは、次の試合に日本が負けることだった。けれど、僕らにそんな力がないのは、誰にだって分かることのはず。ならば、犯人が僕らに捜させている奈津美の父親が、、試合結果を左右する力を持っていることになる。
 ただし、八百長は秘密裏に行われなければならない。
 それを実行できるのは、実際に試合に出る選手か、チームを指揮する監督ということになる。
 日本代表チームには、二十歳以上の娘がいるような年齢の選手はいない。となれば、原田監督が奈津美の父親である可能性が高い。でも、それにだって何の確証もない。
 犯人は、奈津美の父親が誰であるのかを既に知っている。それなのに、わざわざ僕に奈津美の父親捜しをさせている。
 だとすると、見つけさせることではなくて、捜させることが目的なんじゃないか、という仮定が生まれる。ただ、それにどんな意味があるのか、さっぱり分からない。

「ま、焦ることはないさ」
 煙草を燻らせ、パオロが静かに呟いた。
「でも……」
 僕は言葉を続けられなかった。
「人質としての価値は、試合を左右する力を持っている人物に対して発揮されるものでなければならん。つまり、その人物に伝わらなければ意味がないということだ」
「僕は、試合を左右する力なんか持っていないし、その人物が原田監督だとしても、伝える手段を持っていない」
「そう、お前さんは何にもできやしない」
 悔しいけれど、その通り。僕は犯人に言われるまま、既に犯人が知っている情報をなぞっているに過ぎない。
「僕に何かを期待してるわけじゃないってことか」
「何をさせたいのかも分かりゃしない」
 パオロは両腕を広げて天を仰ぐ。
 思えば、こうしてパオロと行動しているのは、偶然の産物だ。
 奈津美の誘拐が計画されていたものだったとすれば、犯人にとってパオロという刑事の存在は予想外だったはずだ。
 それでも犯人が余裕を見せているのは、捕まらない自信があるからなのか、刑事一人だけだと高を括っているのか。
 どうしてだろう。酷く嫌な予感がする。

 電話が鳴る。表示は公衆電話だ。
 ほぼ同時にパオロの電話も鳴る。デジタル電話の場合、最初のコールが鳴った瞬間に、逆探知は完了しているのだそうだ。通話状態にする必要もない。
 パオロの合図を待って、僕は通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「逆探知は成功したか?」
 機械で変えた気持ち悪い声。犯人からの四回目となる電話だ。
「ボローニャ中央駅の公衆電話からだ」
 その言葉は、パオロの口からじゃなく、電話の向こうから聞こえてきたものだ。その直後、パオロの口からも同じ言葉が発せられた。
「原田監督だ」
 僕は、吐き捨てるようにそう言った。
「うん?」
「奈津美の父親は原田監督なのかと聞いている」
 僕は怒りで思考が弾けてしまった。けれど、そのおかげで気付いたことがある。
「口の利き方に気をつけろ」
 機械で変えていても、声のトーンが落ちたのが分かる。
「お前の目的は何だ?」
 僕は構わずに続けた。
作品名:セクエストゥラータ 作家名:村崎右近