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水に解けた思い

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 その店の扉には、一部ガラスがはまっていたが、内側からカーテンのような布が掛けられているらしく、明かりがついているのかも見当がつかない。
だけど、看板を照らす為のライトが夕暮れから点くから、営業しているのだろうと思っていた。
 今はまだ、昼間。お日様だって見えて……曇り空ではあるが、ライトを点ける時間ではまだない。
扉の取っ手に手を掛け、押してみた。鍵は掛かっていない。軽く扉は開き、中の空気を流し出した。
甘い香り?いや想像していた匂いとは違う。無臭ではないが、譬えようのない初めて嗅いだような香り。
だが、どこか懐かしいようでもある。
(こんにちは?お邪魔します?いいですか?)
なんと声かけして入店すれば良いのかも迷わせた。
しかも、店に人であり、客が入って来たのならば、店の者が『いらっしゃいませ』とくらい声を掛けてきても良さそうなものだが、しぃーんと静まったままだ。店内に 入るべきか、帰るべきかと何かの戯曲の台詞が頭の中を巡っている。
 しかし、偵察すると決めたいじょう、ここで引きかえすわけにはいかない。
(進め、進め、前進、前進、ファイト!…おやおや、ファイトなんて何年ぶりに言ったかしら)
「すいませーん。ごめんください…」
返答がない。ならばと少々声を大きめにして奥に向かい、再度声をかけた。
「ごめんくださーい。どなたかいらっしゃらないですかー?」
 ふと、横に何やら気配を感じて、眼球だけがソレを追う。
ぎりぎりの視界の中に見えたものは、赤いひらひらしたモノ……(あーえーそう、ドレスみたいなそれよ)高そうな(…えっと、ジョーゼット!そうそんな名前の)布きれ。
そんなことを思い出せただけで落ち着いた。
その勢いで横を見た。
 女性だった。華奢とまではいかない身体を薄く透ける生地で被い、ふんわりと優雅に動いた。
仄かな光の中、微笑んでいるようにも、無表情にも見えるその顔をまじまじと見つめた。
『こんにちは』
その女性の声が聞こえた。
(え?何だろう…今のは)
澄んだ綺麗な声のようだが、空気の澱みをくぐりぬけて、耳に届いたとは思えなかった。
いうなれば、テレパシーのような意識の中に語りかけられるような言葉だった。
「えっと。失礼ながら、此処は何を売ってる店なのかな?」
ゆっくりと瞼を閉じ開けた女性は、含んだ言葉を出すのを戸惑うように唇を開き、やんわり閉じた。
作品名:水に解けた思い 作家名:甜茶