小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

水に解けた思い

INDEX|1ページ/8ページ|

次のページ
 
その店の入り口にかけられた看板ともいえないほどの板切れにはこう書かれていた。
【水の館】
店の前の舗道は人通りはあるものの、人が立ち寄るのを見たことはなかった。

 あ、私が見たことがないだけですよ。
申し遅れました。私はその店の斜向かいで商いを営んでいた元看板娘。
名前ですか?名乗るほどではありませんし、名前なんて知ってどうってこともありませんでしょ。お知りになりたい?お茶くらい誘ってくださるのかしら。ほほほ。
あら?名前より元看板娘ってとこに興味がおありなの?まあ、なんてこと……。
看板娘と言ったら、たばこ屋さんでしょ。小窓からにっこり(はい、どうぞ)ってするあれよ。そんな印象はないって?じゃあどんなの?
一日中、大きめ綿のたっぷり入ってる座布団にちょこんと座り、あら…可愛いじゃないの…見てもいないテレビがついていて、居眠りしてるのか、起きているのかわからなくて、…ちゃんと起きていますよ。
だぶっとしたワンピースに前掛けエプロン。
ワンピースの衿には、日本手拭いで衿汚れ避けして、…おや、まあいいわ、続けて…
蓋付き菓子器の中には、お煎餅。手元の近いところに急須と湯のみが盆に乗っているわけね。え?急須は、朱泥の常滑焼。あら?そこまで限定されるの?あなた、ご出身は?…そう、三河…ってどの辺りかしら。でも、日本茶には、常滑焼の急須がいいよって、はたきが似合うお茶屋の兄さんが言ってたわね。私は、煎餅は湿気るから、かりんとうが好きだったけどね。…ってばらしてどうするの!って、うふふ…
でもねえ、最近は、吸う人も減ったし、『喫煙』なんて言い方するのね。
『たばこを喫(の)む』ちょいと洒落た言葉だったけど、煙を喫むで喫煙ってことかしらね。
なら最近いたるところで『禁煙』って言って たばこの喫煙を禁じたり、たばこを吸う習慣を止めることを言うようだけど禁じて止めるで禁止でしょう。
『禁煙』なら、煙を禁じるわけだから、焚き火も、バーベキューなんてこともできないわよ。そうそう、旬で美味しい秋刀魚なんて焼けないわね。…あらあら勿体無い。『禁喫煙』ってしないとね。それでなくたって、販売許可を申請してふた月ぐらい待って、やっと許可がおりたら税金払ってって…登録免許税だって…。まあこれは、仕方ないことって納得したけど、お客さんのことをじとぉーって見て認識しないと販売できないないのよ。
小窓から「あなたいくつ?」なんて聞いたら、「ふたつだよ」って、…そう答えるのがほとんどね。だから「歳よ。何歳?」って聞いたら「あんたより若いよ」って。あの時はショックだったわー。看板娘になんてこと言う人かと、その日は、ガラガラってシャッター下ろしちゃったわ。カードが要ったり、同じ銘柄なのに幾種類もあったり…間違えそうよ。
そうそう、なんて事より店前の舗道が路上喫煙禁止条例とかなんちゃらで道の真ん中にシール貼られちゃってね。
まあそんな、こんなで、商いにならないから店をたたんじゃったわ。
 あらら、私ったら何のお話していたのかしら。そう、看板娘も今は昔、元々の付いたちょいといい乙女ってことね。あ、違った。えーっと、そう斜向かいの謎の店のことね。知りたいの?わかったわ。私が覗いて来てあげる。
はい。……何、首を傾げているの?はいって手のひらを出したら軍資金頂戴でしょ。
気の利かない人ねえ。まあいいわ。誰ともわからない人から貰うと変なことに巻き込まれるといけないからね。
じゃあ、ちょいとおめかしして行ってくるわ。今日はいつ戻るかわからないから、待っていることはしないでね。余計怪しまれるから。っじゃあね。
作品名:水に解けた思い 作家名:甜茶