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吉葉ひろし
吉葉ひろし
novelistID. 32011
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チャイムの鳴った後

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4時限目終了のチャイムが鳴った。今日子は鞄のなかからカップラーメンをとり出した。それを誰にも見られないようにと、茶色の袋に入れ教室を出て、階段を下りた。
今日子の教室は3階だから用務員室のある1階までお湯を貰いに行くのだ。去年まではストーブだったのでお湯は有ったが、今年からファンヒーターになりお湯が湧かない。他の生徒は弁当やパンを買いに行く。1階には廊下にパン屋さんと弁当屋さんが来ている。県立高校なので食堂はない。弁当もパンも早くいかないと美味しそうなものは無くなってしまう。1階が1年生、2階が2年生の教室である。3年生は1階まで行くのであるから不利になる。脱兎のごとく走りたいが、職員室が1階なので足音が聞こえてしまう。競歩の様に行くのである。今日子の脇をクラスの生徒が追い越して行く。今日子は売店を通り過ぎて用務員に向かった。
「おじさんお湯ちょうだい」
「今日もかい。売店で弁当買ったから、交換しようか」
ストーブの上にはやかんが乗せてあり、注ぎ口から湯気が出ていた。今日子はカップラーメンの蓋を開け始めた。
「おじさんはラーメン食べたかったんだよな」
「じゃぁ交換します」
弁当とカップラーメンの交換は初めてではなかった。
用務員の飯田はお湯を入れたカップラーメンを教室まで持って行く間に生徒が火傷でもしたら大変だと思い、最初は弁当の交換をしたのだった。まさか、今どきの生徒が弁当代にも困っているとは思わなかった。寝坊でもしたか弁当を忘れた位に思っていた。そのことに気が付いたのは、彼女がお湯を貰いに来ている時に事務室からある放送があったのである。
「次に名前を呼ばれた生徒は食事が済んだら事務室に来て下さい」
6名ほどの生徒の名前が呼ばれた。そのなかに大森今日子の名前もあった。飯田は何の放送か知っていた。毎月15日には決まって授業料未納者の放送がされそれらの生徒は呼び出された。
その日お湯をカップラーメンに入れていた今日子は手が震えてお湯をカップから逸れて注いでしまった。ストーブの上に落ちたお湯は、ジュ―と音とともに湯気が立った。
「体にこぼさなかった」
「はい。大丈夫です」
飯田は生徒の様子から明らかに動揺を感じた。生活に困っているのだろう。弁当のほかにカップラーメンを食べるのかと思っていたが、彼女はそうではなかった。何回か来ているうちに
「ここで食べてもいいですか」
と言いだしたのである。飯田は黙っていると
「教室では恥ずかしいから」
と言った。
「今まではどこで食べていた」
「部室か屋上です」
特定の生徒を長い時間用務員室に置くことは規則から出来なかった。でも、飯田は承知した。
彼女はカップラーメンを美味そうには食べてはいなかった。ただ義務の様に口に運んでいるようであった。カップラーメンの独特の臭いがした。飯田は可哀そうな気持ちになった。
此の高校は女子高校であり、お姫様高校とも呼ばれるほど裕福な生徒が多い。それと言うのも進学率が良いからであった。
「事務室に行って来ます」
今日子はカップラーメンの蓋をすると部屋を出た。
飯田は買っておいた弁当を渡した。
「教室で食べたら」
「はい。ありがとうございます」
笑顔が見えた。事務室に行けばこの笑顔も消えてしまうだろう。
事務室から出て来たのはクラスの裕子であった。
「今日子も使っちゃったのか」
今日子は黙って頷いた。
事務室ではもう何回も聞いた言葉を聞かなくてはならなかった。
「銀行の引き落としが出来ませんでした。口座に入金するか事務室に収めてください」
「解りました」
ただこれだけの会話であるが、今日子にとってはとても苦痛であった。事務員の女性も仕事で言っているのだろうが、こちらの身にもなってよと心のなかで呟いた。今日子にとってはこの事務員がとても無神経な女性に感じた。爪にはカラーのマニュキュァがされているが、美しいとは感じられなかった。
今の今日子の家庭では裕子の様に親に言えばすぐにお金を出してくれる訳ではないからである。
父はリストラで今は派遣の運転手。母はコンビニでパートに出ているが弟も入れ、おばぁちゃんがいるので5人家族である。収入がどれくらいあるかは解らないが、家のローンだけでも大変らしかった。よその人が見れば、とても幸せな家庭に見えるようだ。それは立派な家があるからだろう。それに、弟も私も県立の進学校に行っているからかもしれない。
もうすぐセンター試験である。大学に行くためにはある程度のお金が必要である。まだそのお金がない。両親は弟は大学進学をさせるが、私には諦めるようにと言った。
どうしても国立に合格しなくてはならない。自分の力で何とか大学進学はすると決めたのだ。
今日子は久しぶりに教室で弁当を食べた。温かな弁当。温かな教室。温かなクラスの会話。たった弁当一つでさえも何か幸せを感じた。おじさんありがとう。今日子は一口ご飯を口に運ぶたびに感謝した。
飯田は生徒が作ってくれたカップラーメンを食べていた。湯気で眼鏡が曇った。飽食の時代、コンビニでは余った弁当をごみに出していると言うのに、たった一つの弁当も買う事が出来ない子供がいることに、言い知れぬ不満を感じた。
飯田自身は大学を出ていた。しかし、人付き合いが下手で銀行員を辞めてしまった。ちょうど教師をしていた友人から腰掛でいいからどうだと用務員の話があり、そのまま本採用になってしまった。大学は卒業した者としないものでは人の見る目が明らかに違う。飯田は数学の教師の免許も持っていたが、年齢で教師の試験は受ける資格がなかった。用務員になった時は40歳であった。それから5年になる。
数学教師の棚倉が
「部屋を借ります」
と言って生徒を連れて来た。その生徒が今日子であった。
用務員室は畳の部屋があった。畳のある部屋は合宿所以外にはなかった。棚倉は畳は落ち着くと言って良く来た。
「去年のセンターの問題か、なかなか面倒だな」
棚倉の声が聞こえた。
「時間かかりそうだ。明日にしてくれないか」
「はい」
二人は
「お邪魔しました」
と言い部屋を出た。
飯田は図書室で去年の新聞からセンター試験の問題を探しだした。もちろん回答も出ていたが、回答は見ないで問題を解き始めた。
大学卒業以来の勉強で有った。センター試験はそれほど難しい問題ではないが、ブランクがあっただけに、直ぐに解く事は出来なかった。
証明の問題は2問あった。大森今日子が質問していた問題で有る。
なかなか面倒で有った。しかし解いて行く過程は楽しかった。
飯田は紙に答えを書いた。それから解答を見た。導きだした答えは合っていたが、証明部分でずれがあった。
翌日、今日子が昼休みでもないのに来た。
「棚倉先生はいますか?」
「今日は休暇だよ」
「えっホントですか、約束したのに」
「数学だね」
「模擬テストが明日なんです。文系に行くのでセンターさへ良い点がとれればいいんですが、数学はまるで苦手なんです」
「昨日頼まれたよ。棚倉先生に、これがその解答だよ」
「良かった」
今日子は安心したように部屋を出た。
翌日、飯田は棚倉先生に新聞を見つけて回答を大森今日子に渡した旨を伝えた。
「お手数掛けました」
と棚倉は礼を述べてくれた。しかし、放課後になって
作品名:チャイムの鳴った後 作家名:吉葉ひろし