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超短編小説  108物語集(継続中)

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 洋一は雛壇の組み立てから取り掛かった。そして赤い毛氈(もうせん)を被せ、上段から慎重に、お内裏さまとお雛さまにまず座ってもらう。背後に金屏風、両脇にぼんぼりを置いた。そこから下がり、三人官女に五人囃子、あとは桃の花や白酒など、それは母がしていたように出来るだけ華やかに飾った。

 こうして一段落が付き、遠くから眺めてみると、なかなか立派な雛飾りだ。
 今度は近付き、人形の顔を見てみる。みんな笑っているようだ。今にも笛や太鼓の音に合わせ踊り出しそう。
 次に洋一は袋から摘まみ出した物を雛壇の前に見栄(みば)え良く並べた。それらはおはじきにお手玉、あや取りの赤い毛糸もある。

 それらをしばらく見入っていた洋一、その目に涙が……。
 父も母も、そして洋一も、涙は枯れていたはずなのに。ハンカチでぬぐってみても溢れ出る涙、年甲斐もなく号泣した。

 この原因、それは五〇年前に遡らなければならない。
 洋一には郁子(いくこ)という妹がいた。母に飾ってもらったお雛さん、郁子はそれが大好きで、この雛壇の前で一日中遊んでいた。

 だが、あのひな祭りの日、遊びに夢中になり過ぎたのか、夕飯になってもそこから離れない。そんな妹を母は叱った。郁子はお雛さんの前でしくしくと泣いていた。洋一はそんな妹が不憫で、あや取りをして遊んでやった。
 しかし、その夜、郁子は忽然と消えた。

 一体どこへ消えてしまったのだろうか? もちろん父は捜索願いを出し、山や川も捜した。しかし見つからなかった。
 近所で噂が流れた。郁子は神隠しに合ったのだと。
 母は郁子を叱ったことを悔い、その辛い思いを抱いたまま逝ってしまった。
 洋一は、あの時遊んでやった郁子の嬉しそうな顔を思い出し、この雅(みやび)な雛壇の前で男泣きをしてしまったのだ。

 こんな胸痛むお雛さん、もう二度と飾らないと決めていた。しかし、母が旅立つ前に残した言葉を思い出した。
「郁子ったら、まだお雛さんと遊んでるんよ。だから洋一、連れ戻してやって」
 母の言いたいことがわからない。「連れ戻すって、どこから?」と洋一が訊くと、母は伝えてきた。
「あの時の、三月三日からよ」と。

 最近になって、その意味が閃いた。
 郁子はお雛さんと遊び、楽しくて、五〇年前の三月三日を超えられず、その日に取り残されたままになっているのだと。