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天空詠みノ巫女/アガルタの記憶【零~一】

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「地震か?」
 海底で起きたらしいその異変は、ほどなくして海上で控えていた支援調査船、屈斜路丸(くっしゃろまる)にも伝わってきていた。
「いや、地滑りかもな……」
 急な高波に揉まれる船内で、調査クルー達は様々な計器類や潜水艇より送られてくるのデータと睨み合っている。
「至急、気象台へ確認して!」
 俄かに緊急事態の様相を呈してきた最中、船内を右往左往するクルー達を冷静に指揮していたのは、今回の調査団リーダーで北都大学水産学部准教授、池上静(イケガミ シズカ 二十八歳)であった。
(初日から、なんて幸先悪いのかしら……)
 言葉にこそしなかったが、池上は焦れる想いで舌打ちをした。
 彼女にとっての目的は、経験値を上げつつも結果を残すことであり、その中で最も危惧すべき点は、向井以外のクルーが自分を含め、皆経験の浅い者達であるということ……というのも、今回の調査の依頼内容は、彼女の専門分野からは遠く掛け離れたもので、正直、畑違いもいいところであった。
 池上自身は、過去に同様の調査に携わった経験があり、知識も充分に備えてはいたが、それでもまだ駆け出しであることには違いなかった。
 なるべくなら、何の障害も無いまま、滞ることなく今回の調査を完遂できれば……そう思って参加した矢先の出来事に、苛立たしささえ感じていた。

 『三・一一』以降、国のエネルギー事情が早急の代替を求めている現状にあって、今回のような海洋資源に関する需要が、これから先、益々高まっていくことは容易に想像できる。クライアントにしてみれば、『専門家が立ち会った』という既成事実が欲しいだけなのだろう……とも思い、この業界の関連団体へのパイプを作ることさえ念頭において、今回の依頼を引き受けたものであった。
 付け加えるならば、特に最近は研究費の工面にも嫌気が差していた。
 震災の影響や長引く不況を理由に、彼女の最大のパトロンであった大手食品加工会社や地元の漁協までもが、軒並み予算の削減や研究規模の縮小、または廃止などを相次いで決定し、全く先の見えない状況が続いていた。
 そこへきてこの度の依頼である。引き受けることに、なんら異存はなかった。
(大学の給料、安いしな……)
 本人にその自覚はないが、大学ではかなり人気が高い――黒縁眼鏡と、白衣の上からでも判別可能な大き目のバストがトレードマークの美人教授である。
 彼女が主宰する水産資源研究所(通称=池上研)への研究員志望者は例年高倍率を極め、ごく稀に講義でも開こうものなら、その希少性の甲斐もあってか、教室内はたちまち立ち見の聴講者で溢れ返るほどであった。
 だが、本人は常に研究か現場の人種であるため、普段は研究室に籠るか、割の良さそうなバイトを見つけては、こうして海の上と繰り出しているのだった。

               ☆

 他のクルー達がもんどり打つほど激しく揺れる船内で、ライフジャケットにタイトスカートといった出で立ちながら、池上は慣れた様子で身体を固定すると、通信機を手に渦中の彼らに呼び掛けた。
「向井君、大丈夫?そっちの状況はどうなってるの?」
 ――その頃、向井が誇るEX-マリナー5000は、度重なる振動とそれによって巻き上げられた泥と格闘していた。
「船体に異常は見られない。ただ、磁場が発生しているせいかわからんが、ソナーが全く働かない!視界も全然利かない状況だ!」
 衝撃と共に起こった海流に翻弄されながら、それでもノイズ越しにだが相手の声は互いに聴き取ることができた。
『どうする?こっちでケーブルごと引き揚げる?』
「いや、状況によってはそっちを巻き込み兼ねない。それに、途中でケーブルが切れたら元も子もないしな……。引っ張り揚げるのは最終手段に取っておきたい。ここはなんとか、自力であがってみせるさ!」
 海底で発生した異変は、徐々に海上へと拡大を始めていた。それを裏付けるかのように中心が光り輝く巨大な渦が、池上の覗く双眼鏡からも見て取れる。
(海中でプラズマが発生している?)
 一刻も早く、この場から離れなくては……そう感じた池上は、自分より経験が豊富であろう向井に判断を委ねる決意をした。
「……わかったわ。方法とタイミングは向井君に任せるから、その代わり……絶対、無事にあがってきてよ!」
『ああ、了解した!』

 優太は焦りと憤りを感じていた。
 生まれて初めて体験する事態に……。
 ここで、何もできずにいる自分自身に……。
 結局、何をしたら良いのかもわからず、ただじっと向井からの指示を待つより他なかった。
 そんな緊迫したコックピットの中で、向井はひとり腕を組み静かに目を閉じている。
 フー……
 深く息を吐き、小さく呟く……。
(俺は今、コイツと『ひとつ』になる……。やれる……大丈夫だ。問題ない……)
 目を開くと、優太の肩をグッと掴んだ。
「よし、浮上するぞ!なぁに、俺に任せておけば大丈夫だ」
 頷く優太に笑みを返すと、向井は操縦桿を握り直す。
「優太!とっとと『腕』引っ込めれや!」
「は、はい!」
 激しい流れに逆らわないよう、ゆっくりと船体を立て直し、慎重に舵を取っていく。
(よーし、いいコだ……)
 しかし、向井の気持ちとは裏腹に、艇内のところかしこでアラームが鳴り響き、あちらこちらで警告灯は点滅を繰り返す。時間が経つ毎にそれらの音量と速度は増ばかりで、それと同調するかのように彼らの緊張もまたピークに達しようとしていた。
 と……その時!
「――!」
 二人の縮こめた足元の小窓から、強烈な光の束が艇内へと差し込んでくる。
 向井は咄嗟にノイズだらけのモニターの中から、懸命にその正体を探した。
「今度はなんだ!?」
 彼らは瞬く間に、光の渦へと包まれていくのだった……。 

 ――それはまるで、今ここに……この瞬間に、海底より産声を上げたかのような……。巨大な、そして眩い『光の球』がそこにはあった。
 更にそれは、ゆっくりと……まさに威風堂々、彼らの目の前を通り過ぎていく。
 これは何かの儀式なのか?……そう思わせるほどの鯨の群れが、その周りを取り囲みながら随伴していく。
 悠々と……そして厳かに……。
「……」
 優太はついぞ、その光景に魅入ってしまっていた。だが『檄』にも似た『怒号』が、彼を現実へと引き戻す。
「――記録だ!!記録!!」
「あ、はい!」
 しかし、この一大ページェントは、これだけでは終わらなかった……。
 その『黒い物体』は、『光の球』の一群を追うかのように、巻き上がった泥を掻き分け姿を現したのだった。
「こいつは……」
 彼らはノイズ混じりのモニターの中を、呆気に取られながらも押し黙ったまま見守ることしかできなかった。
 そんな中で向井は、驚嘆しながらも、どこか安堵したものを感じていた。
 なぜならばその『黒い物体』は、誰もが知っている『人の造りしモノ』に姿形が酷似していたからに他ならない。