小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第二章(中)】

INDEX|2ページ/7ページ|

次のページ前のページ
 

「わ、私なんて、本試験に通るかどうかも怪しいんですよ?」
「そうよね」ユーカさんは手を放しました。「そうに決まってる。何かの間違いよ」
「え?」
 そのとき、発車のベルが鳴り響きました。
 私は改札を駆け抜け、すぐそこに止まっていた〇番線の列車に飛び乗りました。
 空いていた席にどっと腰かけ、ふと窓の外を見ると、肩をいからせて駅の出口へ去っていく元クラスメイトの姿がありました。


 海岸線に沿ってひたすら北をめざす列車。深い色の海には、岸からはなれた溶けかけの流氷が散らばっています。
 車内を見渡すと、乗客は私を含めて三人しかいませんでした。それもそのはず、クレインズから先は、ひと気のない浜辺と松林ばかりで、集落が一つも見あたりません。
 はじめは感動した北の海も、ずっと見ていると眠気に襲われます。汽笛に驚いて飛びたつ海鳥の群れをながめているうち、誰のために作った路線なのか不思議に思えてきました。
 退屈になると、なぜか思い出したくないことまで頭に浮かんできます。
 癒術学校に入学してから二年くらいは、ユーカさんとは特に何もなかったのですが、ある日を境に、彼女は私にだけ厳しくなったんです。他のクラスメイトを通じて訳を聞いても、「自意識過剰なんじゃない?」の一点張りでした。いったい、ユーカさんは私の何を知ったというのでしょう。
 ユーカさんの今後の旅路は、口調から判断すると、クレインズを訪れた後は折り返し南下して、カスターランドに戻るか、西のウォールズへ渡るでしょう。癒師の過去の旅行記を見る限り、旅先で一人の同僚に二度会うことは滅多にありません。
 大エルダー島に帰った頃には、ユーカさんはきっと先に試験に受かって、月蛍石のピアスを両耳に光らせ——正式な癒師の身分証明です——、私にプレッシャーをかけてくるのでしょう。試験日は決まっていません。旅から帰った癒師が受けると言えば、たとえ一人でも行われます。合格すればいいですが、不合格のときはその日から二年間浪人しなければなりません。多くの人はそこで挫折します。過酷な旅に疲れ果て、再び挑戦する気にはなれないのです。
「あーあ。このまま列車の旅が永遠につづけばいいのに……」
 私は水平線にそうつぶやいた後、眠ってしまいました。

 体が左右にふられて、私は目を覚ましました。
 曇り空の夕時で、辺りは青く陰っています。海が遠ざかり、線路の数が増えている。駅が近くにあるのでしょう。
 乗客がみな降りて、野ざらしのプラットホームを歩いています。
「あれ? ここ終点ですか?」
 通りかかった車掌が、あきれ顔で言いました。
「ナスターチへ行くなら、ここから馬車に乗り換えですよ」
「えっ? そんな……」
 私はあわててトランクから地図を取り出しました。
 ラーチランドの都クレインズから北極圏に入り、北へのびた白黒印の鉄道線は、今いるソーンを通り、ナスターチへ延びて……ない。
「点線……」
「ああ、それは建設中ということです。開業は七年後だったかな?」
 時刻表の表記では、さも路線がつづいているかのように書かれていますが、よく見ると馬車の部分だけ書体が違っていました。ま、まぎらわしい。
 私はのろのろ地図をしまうと、列車を後にしました。
 物置小屋のような待合室があるだけの、何もない最果ての終着駅。駅前には民宿と商店が合体したものが一軒あるだけで、あとは雪が残る林と踏み固められた馬車道があるだけです。
 駅前に四頭立ての馬車が一台待っていました。民宿から何人か出てきて、客車に乗りこんでいきます。
 手にしている切符はナスターチまで使えます。私はそれを十五にも満たない感じの少年車掌に見せ、乗車しました。
 馬車の席にしてはやけにふかふかしたシートに腰かけると、先に座っていた歯の欠けたおじいさんが私に言いました。
「あんだ、泊まっていがんのかね?」
「ナスターチまで列車がいくと勘違いしてたもので、予約してませんでした」
 私は苦笑いを見せました。
「ワシらが出たんじゃげ、予約なーていらんがね」
「えーと、それなりに急ぐ旅なものでして」
 駅前民宿に泊まれそうなのはわかっていましたが、宿代を節約したいばかりに、私は強行軍に踏み切ったのでした。
「はーん、若けぇもんは恐ええもん知ろうずでえーの」
 初対面とはいえ、人生の大先輩の言葉には耳を傾けるべきだと、私はその日の深夜になってから学びました。
 暖房のない息も凍るような車内、がたつく車輪、疲れたからとテコでも動かない馬、狼を追い払う猟銃の音。夜行列車とは訳が違うのです。
 翌朝、ナスターチの駅に着いたときには、少年車掌に次いで若いはずの私が、誰よりも老けた顔になっていました。どうやら、貧乏性というのはお金より大事なものを奪っていくようです。


 第十五話 にわか救世主

 強行軍の旅に懲りた私は、ナスターチ駅付設の宿に数日の間、留まることにしました。
 ナスターチは人口五千とはいえ、クレインズ以北では最も大きな町です。漁業で栄え、小さいながら陸海の交通の要衝でもあります。長い冬が終わって陸の孤島から開放された街は活気づいていました。
 ナスターチに到着した翌日のこと。私は宿のロビーで、流感の咳に苦しむ男性を見つけました。流感を直接癒す術は古今存在しません。私は彼に部屋で休むよう説得したのですが、「外せない仕事で来てるから」と、聞き入れてもらえません。
 仕方なく私は薬を出すことにしました。薬といっても、ある薬用植物を乾かして粉にしただけの、知っていれば誰にでも作れる滋養薬です。
 私は学校で習ったことを思い出し、流感の男に言いました。
「これを飲めば必ず良くなります。ただし、絶対に無理はしないように」
 男はターキーと名乗り、私に礼を言うと、イカの薫製を一包み渡して宿を出ていきました。
 決して騙した訳ではありません。治ると信じて疑わないことを鉄則とする、癒術の一種なのです。大陸の医学では偽薬(プラシーボ)といい、癒術との数少ない共通項の一つです。
 その後四日間はこれといった事件もなく、私は宿をチェックアウトし、すぐ近くの馬車駅に向かいました。
 停留所の表示には『北極交通・ホースチェス行き』とあります。いよいよ、地上最北端の地を目指します。
 しばらく待っていると、二頭立ての馬車がやってきました。東岸鉄道管轄の立派な客車に比べると、地元経営の錆びの目立つ客車は心もとないですが、これはこれで味があると、私にもわかるようになってきました。
 十人乗れるかどうかの客車は詰めにつめて満員となり、ほどなく出発しました。
 混んでいるわりに乗客はみな寡黙。でも、魚臭ささと酒臭ささとヤニ臭さはうるさいくらい漂ってきます。なんとも言い難い空気の中で、私は船酔いにも似た気分を味わっていました。
 ああ、ダメ。船のことは思い出さないで。
 ナスターチを出て、海岸沿いの馬車道を走ること半日。途中、三度あった休憩時間では、彼方に広がるラーチ山脈の雪景を見ながら何度も深呼吸して、私はこみ上げてくる酸っぱいものをどうにかこらえました。