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プラムズ・フィールド 〜黒衣の癒師〜 【第二章(中)】

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第十四話 鉄路の果てへ

 新暦二〇二年 春

 溶け残った雪のすきまから湿った土が顔を出し、ラーチランドに遅い春がやってきました。
 私はカフェ『オーキッド』の前で、ドゥレヤさんと別れの抱擁を交わしました。
「妹を亡くすときってのは、こういう気持ちなんだね」
 ドゥレヤさんは咽びながら言いました。
「え、縁起でもないことを……」
 私は涙を拭きながら苦笑い。
「代わりに私を抱けばいいじゃない」
 ミルラさんは私のトランクを持ち、白けた顔で出発を待っています。
「ったく、どこでそんなセリフ覚えたんだい」
 そう言いつつも、ドゥレヤさんはうれしそうでした。
 私は昨晩をもってバイトを辞めましたが、その枠をミルラさんが引き継ぐことになったのです。
 私とミルラさんがカフェの前を発って、すぐそこの橋の上にさしかかったとき、ドゥレヤさんは言いました。
「結果オーライなんだから、あんまり落ちこむんじゃないよ!」
 私はふり返って、深くお辞儀しました。
「大丈夫です。ありがとうございました!」

 馬車道に出て、最寄りの停留所へ向かっていると、雪解けが進む河原の茂みの方で気配がしました。
「彼が来ている」
 ミルラさんは私の視線を追います。
「ウィロー?」
「はい。ここを発つ前に少し話しておきたいのですが」
 ミルラさんもそばで見たいというので、私たちは残雪に足をとられながら、土手を下りていきました。
 雪獅子は茂みに身を潜めて私たちを待っていました。
 白い獣は私の顔を見てニッと牙を見せます。
(よくぞ見つけた。成長したようだな)
 私は小声で言いました。
「あ、ありがとうございます。というか、こんなところで何してるんです。保護区域の外にいたら殺されちゃいますよ?」
(今回は難を逃れたが、人間はいつ心変わりするかわからんのでな。情報集めは怠れないのだ)
 ウィローさんと出会った後、私はクレインズ都心にある行政機関を方々訪ね、銀樹の有毒性について説いてまわりました。農林省も市役所も、私を狂人やカスターランドの犬扱いして、まったくとりあってはくれず、その末にすべての庁舎を出入り禁止となってしまいました。
「悔しいですが、あなたの言った通り、無駄な努力でした」
 材木会社の人々は、私が騒動を巻き起こした後も、何事もなかったかのように銀樹の伐採をつづけました。
 そして春が近くなったある日、私は新聞を見て驚きました。伐採作業中、雪獅子に噛まれた男が高熱を出して死亡し、看病していた者も同じ症状で次々と命を落としていったというのです。流感に似たその病気は治療法がわからず、クレインズの人々は『雪獅子の祟りだ』と言ってパニックになりかけました。その事件を受け、ラーチランド政府は、銀樹の森とその周辺を『聖域』と定め、人間活動の一切を禁じることにしました。
「ウィローさんは、獣から人に伝わる病気のこと、はじめから知っていたんでしょう?」
(病気は太古の時代から存在していたが、人を殺すほどではなかった)
 銀樹の一件は、神の見えざる力が働いて一挙解決……私にはそうとしか思えませんでした。獅子の言うとおり、祈るだけでよかった……のでしょうか?
(そうがっかりするな。カフェで皿を洗ってばかりいたら、結果は違っていたかもしれん)
「バイトをサボってくれたおかげで、お皿たちも割られずにすんだって喜んでるわ」
 ミルラさんは言いました。
「ミ、ミルラさん?」
 私は驚きのあまり飛びのきました。念話を交えた話を理解している?
(フフフ)
 ウィローさんは私を見て、目を細めました。
「癒師じゃない人が、どうして……」
(いずれわかる日が来る。旅をつづけなさい)

 クレインズ都心行きの路線馬車に揺られながら、私とミルラさんはこの冬の思い出を語り合いました。ミルラさんが雪獅子の念話をどうして聞けるようになったのか、という話題にはあえて触れませんでした。
 クレインズ駅が近づいてくると、ミルラさんは私の気持ちを察したのか、言いました。
「いいの? さっきのこと訊かなくて。言葉で説明する自信はないけど」
「今、あなたと過ごしている時間に比べたら、大したことじゃありません」
「!」
 ミルラさんは瞳に涙を浮かべて、私に抱きつきました。
「また、会えるよね?」
「私が本物の癒師になれるよう、祈っていてください」

 シルバーヒルへ帰っていく馬車を見送りながら、なぜあんなことを言ったのか、不思議でなりませんでした。素直に「また来ます」と言おうと思っていたのですが……。
 豪雪対策のためでしょうか、クレインズ駅は地元特産のボーマ——かまぼこのことです——のような形をしています。
 中に入って大時計を見ると、列車が発車する十五分前。
 危ない危ない。一日三本しかないので、昼前の便を逃すと次は夕方です。地方は時の流れがゆったりしているように感じますが、発車時間だけは正確なので、気をつけなくてはなりません。
 切符を買って、改札を通ろうとしたとき、若い女の声が私を呼び止めました。
「やっぱり、プラムだわ。久しぶりじゃない」
 ゴシックロリータ風の掟ギリギリの黒衣をまとった、金髪の天然カールに、太い白銀縁メガネの……。
「あ、う、ユーカさん」
 困りました。私の苦手な人です。
 彼女は同じ日に学校を主席で卒業した、期待の秀才癒師。
 ユーカさんは言いました。
「これからどこへ?」
 私は小さく答えました。
「もっと北の方、ですね」
「バカね、そっちはまだ冬が終わってないし、そもそも人がほとんどいないじゃない」
 それはごもっともです。北極圏にあるすべての町や村を合わせても、クレインズの二十分の一くらいでしょう。私は行きたいと思ったから、行くだけです。言いたいけれど、反撃が恐ろしい。
「都会は苦手なので……」
 自分でもがっかりするほど当たり障りのない理由を口にしていました。行政にかけあったときの勇気はどこへ行ってしまったのでしょう。
「ま、どん臭いあんたにはお似合いかもね。ところで、クレインズにいたんなら、雪獅子には会ったのかしら?」
「とりあえず一頭だけですが……」
「!」ユーカさんの顔が鬼のごとく強ばりました。「あなた、雪獅子のこと何も知らなかったじゃない! 嘘つかないで!」
 まわりにいた人々が立ち止まって、こちらを見ています。
 ユーカさんは真っ赤になって声を低めました。
「どんな姿よ」
「体じゅう真っ白で、すごく大きな山猫のような……」
 私は見た通りのことを口にしました。
「ふ、ふーん。よく食われなかったわね」
「恐かったですけど、彼の方から声をかけてきたもので……」
「はァ? まさか、しゃべったとか言うんじゃないでしょうね?」
「彼の念話を聞いていました。私はできないので普通に話すだけでしたけど」
「嘘よ。絶対ウソ。念話を聞けるだけでも、癒術の近代史に残る事件だもの。あなた寒さで頭がイカレたのよ」
「ハハ、じゃあ、そういうことにしといてください。時間がないので、行きますね」
 改札の方へ歩き出すと、ユーカさんは私の胸ぐらをつかみ、鼻と鼻が触れるほと近づいて言いました。
「アンジェリカ学長以来の大癒師になるのは、あなたじゃない。この私」