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ミッシング・ムーン・キング

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2 ルナとライト



 少女はそっと瞼を開き、上半身を起こした。

「また……あの夢……」

 寝起きざまに、そう呟いた少女の瞳には薄らと涙を浮かべていた。
 少女は人差し指で涙を拭い、辺りを見回した。

「ここは……」

 自分が居る場所に違和感を覚える。

 天窓が一つだけ備えられている低い天井に鉄のような壁で囲われていた。
 周辺には本や空き缶が散らかっており、壁の一角には椅子とテーブルが置かれている。そして、あちらこちらにむき出しの数本の配管に服や布巾が垂れ下がっていた。

 人が暮らしている生活感が漂う一室だった。

 少女は記憶が途切れる前の事を思い返す――
 確か自分は広野を歩いていた。

 それが ベッドの上に寝かされ、薄い毛布がかけられていた。
 何故、こんな所に居るのだろうと小首を傾げる。

 すると奥から足音が響き、こちらに近づいてくるようだった。

 そして部屋の唯一の入り口から、ボサボサでツンツン髪の頭部に片方のレンズが割れたゴーグルをかけた青年が姿を現した。

「あっ! 起きてたかい。体の方はどう? 大丈夫? なんともないか?」

 青年は少女が目を覚ましたことに対しての笑顔と、ぶつけてしまった事に対しての苦顔を半々に浮かべた。
 それは何とも言い様が無い、変な顔だった。
 そんな顔を浮かべつつ部屋の中に入り、少女の傍へと寄った。

「……」
 少女は青年を見つめ返したが、自分の身を案じてくれている問いには口を閉ざし無言で返した。

「あれ……もしかして、覚えていない?」

「……」

「俺がバイクで君にぶつかったことなんだけど……」

「……」

 青年が己の罪を告白したが、少女はノーリアクションを続ける。
 それが青年に恐怖を煽った。

 青年は冷や汗をかきながら、己が犯した罪――つい五時間ほど前に起きた出来事―衝突事故―を事細かにと、それに対しての謝罪を述べながら少女に話した。

「という訳なんだけど……」
 一通り説明したが、少女は特に責める言葉や看病をして貰った感謝の言葉なども無く、さっきと同じように沈黙で返される。

「えっと……。何とも無ければ、それで良いや……あ、そうだ。名前……俺の名前はバーニング・ライト・アラン。君は?」

「……アラン?」
 少女の重い口が初めて開いた。その声は冷たく寂しい感じだった。

「あ、喋った……。ああ……そう、アラン。バーニング・ライト・アラン。アランというより、ライトって呼んでくれよ。そっちの名前の方が気に入っているんだ。で、君の名前は?」

「……」

「まぁ……言いたくなければ……」

「ルナ、と呼ばれていた」

「ルナ?」
 ライトは“呼ばれていた”という過去形に少しは気になったが、今は聴き流すことにした。
「へぇー。確かルナって、どっかの国での月の名前だよね?」

「……」

 話しが続かない。
 どうやらルナは無口なのか、自分から積極的に話しをしたり乗ったりするタイプでは無いようだ。
 ライトは一息吐き、仕方なく独りで話しを続けた。

「まぁ、良い名前だね。ルナか……この“月の無い世界”に洒落た名前だ」

 ライトの言葉にルナは思わず毛布を握る手に力が入る。しかし、そんな些細な行動に流石にライトは気付かない。

「あー、ぶつけてしまった相手にこう言うのもアレなんだけど。少し話し相手になってくれないかな? 久しぶりに人と話すんだ。良いだろう?」

「……」

「えっと……。俺の名前は、バーニング・ライト……って、さっき言ったよな。俺はここで、なんと言うのかな……そうそう、棺桶を作っているんだ。君は何処から来たんだ?」

「……」

「俺は、元はアメリカという大陸があった場所に居たんだけど、ちょっとそこが住めなくなってね。それから放浪していて、ここに辿り着いたんだ。もしかして、君もそこから来たりした?」

「……」

「歳は? ちなみに俺の歳は、確か十七歳ぐらいなんだけど……」

「…………………………………………………………………………」

 ルナは、相も変らずに無言で返し、一方的にライトが話す形になっていた。
 今となっては、名前を聞けたのが奇跡のようだ。
 しかし、ルナはライトの話しを全く聞いていない様では無かった。

 ライトは話している中、何気にルナを観察していた。
 最初逢った時―衝突(インパクト)のある出逢い―は、暗闇と動揺でよく姿や顔が見ていなかったのだ。

 肩にかかる長さの蒼白い髪は珍しく、美しく整った顔立ちだが両頬にそばかすが点在していた。
 しかし、それが良いチャームポイントとなり、綺麗の中に可愛さを醸し出していた。見た目的に自分よりも若いのではと、推測する。

 そんな彼女の服装は、随分年季が入っており、一目で汚れていると解かるぐらいに黒く灰色に濁っており、所々に穴が開いたり破れたりとボロボロで粗末な服装だった。
 まるで一昔の旅人か囚人のように。

 しかし、そんな薄汚れた身なりである女性―ルナ―には、ライトの十七年の短い人生の中で会った人達と比べて、心を奪われる何か魅力があった。
 やがて話しは途切れ、ルナの横顔を見惚れてしまっていた。

 押し黙ったライトを不審に思ったのか、ルナは視線をライトに向ける。二人の視線が合うとライトの心拍数は高くなり、思わず視線を逸らした。

 ライトは頬に熱を帯び、口どもりながら、
「ああ、まぁ、その。何はともあれ……気が済むまで、ゆっくりしていってくれないか。ぶつけてしまった、お侘びもあるし……。そうだ、お腹は空いてないか? 待ってて。ちょっと、とっておきの良いものを持ってくるから」

 ルナの返答も聞かず、ライトは部屋を飛び出した――と、思ったらすぐさま戻ってきて、

「暇だったら、そこらにある本とかでも読んで暇を潰しておいてよ」

 入口から顔だけ出して、言いたいことを言うと顔を引っ込め、足音が遠ざかっていく。

 ・
 ・
 ・

 静かになった部屋に一人残されたルナは、持っていたはずの“物”が無いことに気付いた。

 取り乱すことなく冷静に辺りを見回すと、失くし物はすぐに見つかった。
 ルナの服と似た感じの小汚い小袋が、テーブルの上に無造作に置かれていた。

 ベッドから立ち上がり、小袋の元へと歩み寄り手に取ろうとすると、一冊の本が目に入った。

 その本は酷く痛んでおり、背表紙は既に剥がれ、所々セロハンテープで補修されていた。

 小袋を取ろうとした手で、自然と本を手に取っていた。表紙には月と王様の絵が描かれていて、絵柄からして子供向けの絵本のようだった。

 表紙には『ミッシング・ムーン・キング』と書かれていたが、ルナはその文字を読むことが出来なかった。
 しかしルナは、文字は読めずともページをめくった。