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球体地獄

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無人バスを終点へ



 だーれも乗っていないバスを終点まで運ぶ。所々薄緑の塗装が剥げたバス。ナットの周りには錆色のグラデーション。無人バスをルート通りに走らせる。これも仕事のうち。誰も乗っていないし、次は終点。終点に着いた後は、車庫に引き返すだけ。合理的に考えるならば、わざわざ終点までバスを走らせる必要性は無い。誰も乗っていないのだ。終点のひとつ前の駅で、誰も乗ってこなかった場合は、そこで引き返せばいいのが道理。でもそうはいかないらしい。
 「ルールはルールだからなぁ」喫煙所、先輩が吐いた煙ににそう書いてあった。俺も煙の吹き出しを作り、「そうすね」と応えはしたが、心底納得いっているわけではない。
 雨脚がかなりの健脚で、フロントガラスを駆け抜けていく。周りは辺鄙な田舎闇。かなり気の滅入るシチュエーション。早く帰って熱いシャワーと珈琲を浴びたい。ヘッドライトが黒濡のアスファルトをヌメヌメと照らし出し、俺に道を示す。
 バックミラーを見る。薄暗い車内、雨だれのタンタン言う音が、逆に静寂を裏付ける。

 ふと。

 子どもの頃を思い出す。闇が俺の記憶を呑み込む。2年生の夏休み。

@@@@@@

 タカシは、大の仲良しだった。「無二の友」と言ってもよいだろ。親友と言う言葉では少し弱い。そんな仲良しだった。いつも一緒にいた。
俺もたかしも両親が離婚していて、家に母親しかいなかった。しかも夜の仕事をしていたので、晩ご飯は主に、千円札。それをコンビニで弁当やサンドイッチに交換してもらい。飢えをしのいでいた。たかしの日当も、俺と同じく千円。
 二人で、弁当を諦め、ゲームカード付きのお菓子を買うこともあった。対外は外れキャラばかりで、お腹をグーグー言わせて後悔していた。当時は泣きそうに辛かったのだが、今思い出すと、なぜか愉快でたまらない。(思い出というものは、時を経て劣化して、奇妙に好転する場合がある)

 タカシは太っていた。デブだった。だから当然キャッチャー。俺は足も速かったし、自分で言うのもなんだけど、女子にもモテていたから、ピッチャー。俺が投げてタカシが捕る。それが二人の上下関係だったし、役割分担だった。二人でバッテリーを組んでいた。どこの少年野球団にも属さず、二人でチームを組んでいた。もしも2対2でゲームが出来るなら、野球で俺達にかなう者は、少なくとも同学年ではいなかったと思う。「キャッチボールを……していたんだ……川沿いの駐車場……ゴムボールで」

 その日、俺はレアキャラを当てていて上機嫌だった。一方タカシはローテンション。それもそうだろ。だって俺のポケットにねじ込まれたレアカードは、本当はタカシが引き当てたものだったから。包み紙を破って3秒後、タカシが「ヤッター」と叫んだ。その1秒後俺は「くれよ。それ」と言った。20分後、降参したタカシは、悲しげに睫毛を上下させながら、ゆっくりとカードを差し出した。俺は奪うようにして、それを……奪った。

「何やってんだよ!!!」

 俺の投げたフォーク(自称)を、タカシが後逸した。「ご、ごめん」とタカシが走る。ボールはフェンスの破れ目を突破して、川の方に転がっていく。時刻は闇。街頭一個分の灯りだけが月の代役。ガシャンガシャンとフェンスを撓めて、タカシの巨体がよじ登る。ドスンと向こう側に着地。そうして闇に吸われていく、クリーム色とグレーの汚れたゴムボールを追いかけ、タカシが消えた。












「それが最後だった」






@@@@@@

 ワイパーが雨を退治ようとしているが、二つのワイパーに対して、雨軍団は無限の勢いだ。勝てるわけもない。俺には似合わない、白い運転手の手袋。ロックバンドを解散してバス会社に就職したのが……4……いや5年前か。

 雨闇の中、単独行の運転最中、俺はいつものように歌を歌う。
タカシのことを思って作った歌だ。トラウマと戦う為に、作った歌。しかしそれは自慰行為よりも自傷行為に近く、自分の作ったフレーズが、俺をズタズタにする。傷と痛みが、俺の救い。闇が濃い。雨が強い。感情が環状に巡る。脱出口のないループ。リピートリピート。

 謝罪はしない。その意思もない。何度も夢を諦めた。野球選手の夢を中学で諦め、ロックシンガーの夢を5……いや、やっぱり4年前か、諦めた。なりたい自分になれなかったという自信がある。が、それは当然誇りではない。負い目ですらない。誰の為の夢だったのか、「途中から分からなくなってしまったんだ」
今の俺は、正にこのバス。誰の為でもないのに、ゴールを目指して走っている。いや、バスには終点というゴールがあるが、俺にはそれすらさえも………

ビーーー

終点。

 車内ナウンスはしない。誰も乗っていないから。「フー」溜息。それでも一応ドアを開ける。俺が運んできた「何か」を降ろすために。

 見覚えのある黄色いシャツが、俺の肘をかすめた。「あっ?」俺は死ぬかと思った。無人と思っていた社内には、人が乗っていたのだ。子供だ。見覚えのある……後ろ姿。俺はおそるおそる。

「タカシ……」

 と話しかけた。子供は振り返りもせず。「もう……いいよ」と言い。バスを降りた。闇がすぐに、その姿を呑み込んだ。

 俺は、たぶんその時、初めて泣いた。


 あれから何年経ったか、思い出せないが、その時に俺は初めて。

「泣いたんだ」








作品名:球体地獄 作家名:或虎