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月も朧に

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「女将さん、この人えらい緊張しいでして…… 舞台はいっこも緊張せんと立つんですが、初対面の人と話す時はいっつもこうでして。すみません」

「あら、そうなの」

「早く慣れさせますよって、ご安心を」

「よろしくね。そういえば、わたしの事は『おかみさん』じゃなくて、『おかあさん』って呼んで。『兄さん』でもいいけど」

「え? ……兄さんですか?」

 三太は怪訝な顔をした。
しかし、お藤から説明はしてもらえなかった。

「それはまたあとで説明するわ。夫が帰ってきたみたいだから」





 そこに現れたのは藤屋の頭領だった。

「こんにちは、私が藤五郎だ。佐吉と三太かい?」

「お、大阪から来ました。佐吉と申します」

「同じく三太です」

「佐吉、大きくなったな。それもそうだな。あれはお前さんが三つの時だ。覚えてないだろう」

「は、はい。父から聞いてはいましたが」

 藤五郎は若いころ、大阪に来ていたらしい。
そこで佐吉の父吉左衛門と意気投合し、よくつるんでいた。


「お父さんは元気かね?」

「はい」

「そうか、そうか。いや、見れば見るほどお父さんによく似ているなぁ」

 佐吉は緊張ではなく、ある思いのせいで言葉に詰まった。

 彼は弟より父に似ていた。
 それゆえ、継母に余計に疎まれたのだった。
 継母が己を睨む顔が浮かび、悲しくなった。


「そうだ、お藤、夕餉は?」

「宴会の仕度しましたよ」

「……ちょっと来てくれるか」

「はい」

 藤五郎夫妻が奥でなにやら話しあっている間、佐吉と三太も話しあっていた。

「佐吉さん、ただ食べるだけじゃあきませんからね」

「わかってる」

「第一印象は大事ですからね」

「わかってる」

「まだ緊張してますか?」

「俺の人生掛かってるんや。緊張するにきまってるわ」

「いや、何時もの事ですやん」

 三太の言葉は佐吉に届かなかった。
彼はこれからの歓迎会の事で頭がいっぱいだった。




 佐吉の緊張がほぐれぬまま、客間には続々と人が集まり、二人の歓迎会となった。

「よろしくお願いします」

 佐吉は藤五郎に促されるまま、まず最初に上座に座った老人に酒を注いだ。

「また会ったな。期待しておるからな、佐吉」

 ニッと笑ったその老人をよく見ると、昼に芝居小屋で会った老人だった。

「あっ」

「改めて、藤翁だ。よろしく」

「よろしくお願いします」

 二人の会話を興味深そうに藤五郎が聞いていた。

「お父さん、佐吉と会ったんですか?」

「さっき芝居小屋でな。熱心に永之助の保名を見ておったわ」

「そうですか。佐吉、江戸の芝居小屋はどうだった?」

「はい。大きいし、広いし、活気があって、お客さんもノリがええんで、立つのが楽しみです」

 目を輝かせて話す彼に、藤翁、藤五郎父子は満足そうに微笑んだ。





 一人一人に酌をし、挨拶していた佐吉だが、ある男の前ではっと気づいた。
その場に居る男たちの中で一番若い男。
 彼こそ、先ほど舞台で保名を踊っていた男。『永之助』だった。

 彼は周りと一緒になって騒ぐことがあまりなく、たまに相槌を打ったり、返事をする以外は大人しく料理を口に運んでいた。
 そんな彼に、佐吉は恐る恐る近づき酒を差し出した。

「よ、よろしくお願いします……」

「あ、よろしくお願いします。ごめんなさい。お酒飲めないから…… 代わりに呑んでください」

 にこっと笑って酒を注いでくれたその男に、佐吉は安堵した。

「ありがとうございます」

 しかし、手が震えているのを見られた。

「……緊張してます?」

「あ、はい……」

「慣れたらでいいけれど、敬語じゃなくていいですよ。佐吉兄さん」

 再び、にこりと笑顔を見せた永之助に佐吉も笑顔で返した。

「はい。がんばります」





 宴会がお開きになり、二人にあてがわれた部屋の布団の上で、佐吉は三太と反省会をしていた。

「挨拶は上出来、あとは名前と顔を一致させることや……」

「明日は他所の家に挨拶周り。もっと覚えな……」

「そうです。一緒に頑張りましょ」

 一緒になって頑張ってくれるうえに、頼れる兄弟子。
そんな彼が居て心強い佐吉は、安心して布団の上に大の字に転がり大きく伸びをした。

「頑張るで!」

 佐吉の所行に不満はなかったが、三太には気になることがあった。

「しかし、なんでお嬢さんはあの席に居てへんかったんやろな……」

「そういえば……」

 江戸に来た理由は、婿養子。
近い将来結婚するはずの相手が不在。
 しかし、誰も気にすることなく歓迎会は進んで行ったのだった。

「それに、永之助の正体も分からんかったみたいやし……」

 永之助の正体を知りたがっていた当の佐吉は、嬉しそうに言った。

「ええ人そうやったで。にこって笑った顔が何とも言えんかったわ」

「佐吉さん、それはお嬢さんの褒め言葉に取っとき」

 彼は聞いていなかった。

「若い娘が『キャー 永さま!』って言う訳解ったわ」

「そんなら、佐吉さんは『キャー 吉さま!』って言われるように精進せななりませんな」

「……なれるかな?」

「なれるか、なられへんかやない。なるんです!」

「よっしゃ。やったろうやないか!」

「そうです、そのいき! ということでもう寝ましょ」

 そう言ったとたん、彼は布団の中に入り高鼾。

「早っ! ……お休み、兄さん」

 佐吉は期待と不安で胸がいっぱいだったが、長旅の疲れと気疲れのせいか、すぐに眠りに落ちた。


作品名:月も朧に 作家名:喜世