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月も朧に

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 自分が知らないうちにそんなことが起きていたということに、佐吉は驚いた。

「佐吉ちゃんが江戸に来たんは、お客さんの噂で聞いてたわ」

 お志乃は煙草盆を引き寄せると、慣れた手つきで煙管に煙草を詰め始めた。

「みんな褒めてるわ。声よし、顔よし、姿よしってな。いっぺん見たいわぁ、佐吉ちゃんの芝居」

 すこしうれしくなった佐吉はそれだったらと身を乗り出した。

「だったら今度観に来んか?」

 しかし、帰ってきた言葉は寂しいものだった。
 
「あっちと違ってな、吉原はな、門の外には出られんのや……」

 出るためには、死ぬか、年季があけるか、身請けしてもらうか。
それしかなかった。
 脱出など試みた日には、厳しい罰が待っている。
 
「……籠の鳥って、ほんまなんや」

「そうや……」

 佐吉は何も言えなくなり、うつむいた。
 そんな彼にお志乃は煙管を差し出した。
 
 遊女の吸い付けたばこは遊女からの誘いの意味。
 彼女を性の対象として見たことがなかった佐吉は驚き、何を言っていいか分からなくなった。
 
「佐吉ちゃんがしたいならして相手してあげるえ」

「あ、あかん! 初回やし、ねぇちゃんに悪いし、永之助にも悪いし!」

 あわててそう言うと、お志乃は笑った。
 
「あら? まだ男じゃなかった? 佐吉ちゃん?」

「それはない!」

 あわてて否定した彼にお志乃は手を合わせて謝った。
顔と目は笑ったままだったが。

「堪忍。うちはもう女郎や。客を取るのが仕事や。それにな、永之助さんとは一回しかしたことないで」

「え……」

「かわいそうにな、お永ちゃん。女になるより先に、男にならなあかんて…… 
でも、立役として、一度は経験せんとあかんのやて」

 またも軽く眩暈がした。
永之助とお志乃が男女の関係になったという事実。
 本当に永之助は女なのだろうか。
 さらにわからなくなってしまった。

「……ねぇちゃん、永之助ってほんまに女なんか?」

 その質問にお志乃は眼を丸くした。

「……まさか、お永ちゃんに会ったことないんか?」

「……ない。男やと思ってたのに、藤屋のお父さんから女だって聞かされてはじめて知った」

「うそやろ…… まさか、ずっと男のまま?」

「そうや。どうしても戻りたくない言うて、ずっと男のままや……」

「そうか……」

 お志乃が不安そうに眼を泳がせていたことに佐吉は気付かなかった。





 早朝。一行は大門で待ち合わせをして家路に着いた。
 さっそく永之助が佐吉に近寄ってきた。
 
「どうでした? 吉野ねぇさん」

「大阪にいたころの幼馴染の姉ちゃんやったわ」

「え!? 知り合いだったんですか!?」

「そうや」

「じゃあ、今後も兄さんの敵娼は吉野ねぇさんで決定ですね!」

「え? あぁ……」

 結局昨晩は昔話に花を咲かせただけ。
しかし、またの再会を約束していた。
 こうして永之助にまで支持されたとなれば、また会える。
 それは嬉しかったが……
 
「では、兄さん。二人で協力して、早くねぇさんの年季を開けさせましょう!」

 許嫁候補と協力して一人の女郎を苦界から救う。
 誠に滑稽な事であった。
 
「お、おう……」





「遅かったねぇ。兄さん」

 玄関で藤五郎、永之助、佐吉を出迎えたのはお藤……ではなく藤右衛門だった。
 
「あ……」

 佐吉は藤五郎が女遊びを咎められえるのでは、と思い身構えた。
しかし、帰ってきた言葉に仰天した。

「兄さんずるい! 私も連れてって欲しかったのに!」

「だって、お前、昨日の晩は稽古だって、それに今日は顔寄せ(※8)だって……」

「そうですよ。稽古でしたよ。今日はこれから顔寄せですよ! でも!」

「すまん! 今度の座頭興行終わったら一緒に行こう」

 この夫婦もかなり奇妙である。
 妻が遊郭遊びを咎めるのではなく。うらやましがる。
 夫が妻を遊郭遊びに誘う。

「約束ですからね! あ、でも、その前に……」

 藤右衛門は藤五郎の袖を引っ張った。
そして二人に向かって口早に命じた。

「佐吉、稽古場で待ってなさい。永之助、三河屋さんによろしくと」

 そして藤五郎を引っ張り、奥へ消えていった。

「兄さん。お互い今日から頑張りましょう」

「おう。頑張ろ」

 佐吉は藤右衛門と一緒に。
永之助は三河屋の一門と。
 それぞれ別々のところで、各々の芝居が始まった。





「遅くなって御免なさい」

 稽古場で待つ佐吉たち一同の前に、藤右衛門が現れた。
 
「遅い」

 藤翁から一言お叱りが入った。

「仕方ないじゃありませんか。今月一杯ずーっと男なんですから、その前に女をめいっぱい楽しんどかないと」

「藤五郎は?」

「寝てます。明日らしいです巽屋さんのとこは」

「かわいそうに…… 昨日の今日で……」

「藤屋の婿、私の夫としての務めです。さて、痴話話はここまで」

 完全にお藤をおいやり、藤右衛門でその場を仕切り始めた。

「今回は、私、藤右衛門が座頭です。よろしくお願いします。そして、演目と配役は……」

 佐吉は自分がどんな役を任せてもらえるのか、わくわくしながら待っていた。
 
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(※1)河内屋与兵衛≪かわちやよへえ≫
女殺油地獄≪おんなごろしあぶらじごく≫の主人公。
衝動的殺人をしてしまう若者。

(※2)亀屋忠兵衛≪かめやちゅうべえ≫
恋飛脚大和往来≪こいびきゃくやまとおうらい≫の主人公。
公金横領の咎で追われる若者。

(※3)新口村≪にのくちむら≫
義太夫節「冥途の飛脚」、歌舞伎「恋飛脚大和往来」などの最後の段。
映画「Beauty うつくしいもの」にて松嶋屋さん(梅川:片岡孝太郎×忠兵衛:片岡愛之助)で見られます。

(※4)外八文字≪そとはちもんじ≫
吉原の遊女勝山が行ったのが元祖。
外をぐるっと回り、足が八の字の形で地面に置かれる。

(※5)内八文字≪うちはちもんじ≫
京都島原での歩き方。
外八文字とは逆に内側に足を踏み出す。

(※6)佐野次郎左衛門≪さのじろうざえもん≫
籠釣瓶花街酔醒≪かごつるべ さとのえいざめ≫の主人公
痘痕面がちょっとこわい。

(※7)お茶ひき
なかなか客のつかない遊女。
仕事がなく、お茶をひいてばかりいることから。

(※8)顔寄せ≪かおよせ≫
関係者一同が最初に顔合わせをすること。

作品名:月も朧に 作家名:喜世