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道端のちゃんぽん

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道端のちゃんぽん


 私がまだフリーライターだった頃の話だ。
 その頃私は自転車で全国の美味い物や秘湯、そして曰くのあるスポットを探しては記事にして僅かばかりの原稿料を得るといった具合に、貧乏な取材旅行をしていた。その経験の中からその後の記事や小説作品に転用したものがあるが、これだけは今まで作品として発表することはなかった。今日は、その話をしようと思う。
 夏の九州での話だ。山道の多い旅路であったが、合間にこうして平野に出ることができた。
 バブルの頃に道路だけ開発されて、その後時代の波に取り残されたかのような山間の町だった。田畑が続き、たまに民家や潰れた万屋があり、人の気配を感じさせなかった。そのせいか、たまに眼の端に映る動物警戒標識が妙に印象に残った。絵はタヌキだった。
 誰も姿を見せない道路を走っていると、ふと定食屋が眼に映った。うどん、親子丼といった看板が時代を感じさせる。
 丁度腹がくぅくぅと鳴いた。もう昼頃だ。宿までまだ道は長いし、どうせなのでここで食べて行こう。そう思った私は、その定食屋にて食事を摂ることにしたのだ。
 定食屋の中は広くそして暗かった。洞穴の中のような暗さで、申し訳程度の蛍光灯もパチパチと音を立てている。こんな僻地の定食屋だ。このような有り様でも致し方ないのだろう。店員の数も少なく、見えるところには人っ子一人いない。私は一言「やってますか?」と店の奥に問い掛ける。
 すると、店の奥から店主らしき中年の男性が出てきた。丸い太鼓腹が特徴的だった。
「やってるよ。なんにする?」
 気だるそうで愛想のない接客であるが、何故か好感が持てた。私はメニューの先頭にあったちゃんぽんを頼む。
「お客さん、この辺は初めてなん?」
「ええ、ちょっと全国を行脚中でして」
「全国というと、日本全国ってこと?」
「そうそう。ちょっとあっちこっちをはした金で回っているわけですよ」
「いいねぇ。うちはもうそんな歳じゃなかし、何より妻子持ちだけんねぇ。生活も苦しいもんだけんど、まだこーいう若者がいるってことは、この国はやっていけんじゃなかか、と、思うよ」
「親からは心配されますけどね。いつまでふらふらしてんだー、って」
「そら私も自分の子供が日本中ほっつき歩いてたら小言も言いたくなるけんね」
 そう言って、心底愉快そうに店主は笑った。
 雑談をしている間に、ちゃんぽんは出来上がる。湯気を立てるちゃんぽんは実に美味そうだ。
「いただきます」
「所でお客さん、帰り道になんか動物の死体でも見んかったですか?」
 食事時の話じゃない、とは思うけど……。
「見ませんでした」
 その答えに、店主は露骨なまでに安心した様子を見せた。
「この辺、動物がよう飛び出すけん、掃除が大変なんよ。保健所もほら、こんなとこまで手が回らんけん、自治会も今ピリピリしとんよ」
「何でですか? 別に動物の死体の一つや二つ、片付けもそれほど手間取るものでもないでしょうに」
「いや、問題があると。なんでもね、祟るらしいんよ、この辺の動物は……」
「祟るって、そんなオカルトな……」
「ほんとほんと。現に三丁目の山田さん、狐憑きに遭ったって。この辺の山、特にこの店の裏手の山にはね、昔魑魅魍魎の類が住んでたって話さね。その化け物の魔力がまだお山に残っているって専らの噂なんよ」
 なんともとってつけたかのようなオカルト話だった。
「山田さん、言ってたんよ。『これは飯じゃない、飯じゃない』って」
 パチパチと蛍光灯が音を立てた。
「そう言って山田さんは飯を食わず、雑草ばかりを食うようになったんよ。山田さんには飯が何に見えていたんかねぇ?」
 そう言って、店主は私の方にねとりとした視線を向けた。
「お客さんのそれ、本当に人の食いもんですか?」
 ――ミミズ。

作品名:道端のちゃんぽん 作家名:最中の中