小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

われてもすえに…

INDEX|93ページ/97ページ|

次のページ前のページ
 

「……どこの家の娘さんかしら。今からお逢いできるかしら?」

「今客間に行けば、もしや……」

 しかし、時すでに遅し。
馬のいななきと、走り去る音が聞こえた。

「どうやら、若とお出かけになったようですな……」





 小太郎と彰子は、馬を走らせある場所に来ていた。
そこは、丘の上。
 眼下に城下町が一望できる穏やかな場所だった。

 騎乗で、小太郎は前に座っている彰子に言った。

「どうです? 綺麗でしょう?」

 そこは小太郎が一番好きな場所だった。
大切な人を連れてくるのなら、ここだと考えた末のことだった。
 しかし、ハッと気付いた。

「あ……。京から江戸に来るとき、これよりずっと綺麗な景色いっぱい有りましたよね?」

「あまり覚えてはおりません。ずっと暗くて狭い駕籠の中でしたから」

 少しイヤそうに言った彰子を笑い、小太郎は少し安心した。

「そうですか……。そうだ! ずっと馬では辛いでしょう? 降りましょう」

 小太郎は先にひらりと馬から降りると、彰子に手を差し伸べた。

「さぁ。どうぞ」

 彰子は少し顔を赤らめたが、すぐ小太郎に手を任せた。

「ありがとうございます」

 馬を下りた後、二人は草の上に腰かけ、景色を眺めながらおしゃべりに興じた。
 江戸の藩邸で仲良く遊んだ、子どもの時と同じような楽しい時が流れて行った。 
 しかし、全く同じということもなかった。

 日が暮れ始めた頃、知らないうちに二人は見詰め合っていた。
なにも言わず、互いの眼を見ていた。互いの右手と左手がそっと重なっていた。
 しばらくそのままだったが、カラスが遠くで一声鳴いた。
 はっと我に返った二人の顔は赤くなっていたが、夕陽で照らされはっきりとはわからなかった。

 小太郎は完全に日が落ちる前に、彰子を城まで送って行った。
真っ赤に焼けた夕焼けの中、城の門の前に立つ彰子に馬の背から言った。

「彰子殿。またお会いできる日を楽しみにして居ります……」

「はい。良鷹さま。わたくしも」

「では……」

「さようなら……」


 彰子は小太郎の姿が小さくなると、城の奥へ戻りすぐに自室に駆け込んだ。
胸は高鳴り、思い出し笑いで顔がニヤケた。

「良鷹さまが、わたくしを……」

 彰子は心底驚いていた。
深く優しい声で『彰子殿』と呼ぶ。『彰子ちゃん』ではなくなった。
 自分に対する話し方が、大人に対する物に変わっていた。

 大人として見てくれている。
 
 そのことが嬉しかった。さらに、彼にじっと見詰められたことが堪らなかった。

「良鷹さま……」

 自分を女として見てくれているのではと思い、幸せいっぱいの彰子は浮かれていた。
自分を呼ぶ声が聞こえていなかった。

「……彰子? 彰子!」

「はい? なんですか良鷹さま?」

 発した言葉がそれだった。
眼の前に立つ人物を見た彼女は、恥ずかしさで真っ赤になっていた。

「……彰子。わたしは貴女の好い人ではありません」

 少しあきれた様子で、真菜がそう言った。

「申し訳ございません!」

 お叱りの言葉が待っていると思った彰子だったが、返ってきたのは優しい言葉だった。

「本当に楽しかったようね」

「いえ……」

 しかし、彼女は仕事に関してはしっかりと締めていた。

「それより、今日は貴女が宿直のお役目です」

「……宿直ですか?」

 彰子は宿直が苦手になっていた。
十二になるまでは免除されていたが、真菜の一存で仕事が復活した。
 男女の事を彼女から教わって臨んだ彰子だったが、仲が良い二人の主。
彰子には刺激が強かった。

 落ち着かない様子の彼女だったが、真菜は甘やかしはしなかった。

「心して臨むように。奥方さまからの名指しですよ」

「……はい」



 覚悟を決めて寝所に行った彰子だったが、部屋には蛍子一人だけ。
 彼女は御簾を上げ、彰子を呼んだ。

「ここへ来なさい」

「あの……。殿は?」
 
 妙な雰囲気に不安になった彰子はそう聞いた。
すると蛍子は少し意地悪そうな笑みを浮かべた。

「妾は今晩、そなたと過ごす。藤次郎は拗ねておったが、放っておけばよい」

 事実、政信は若干拗ねていた。
『彰子と良鷹のため』ということで了解してはいた。
しかし一人寝はイヤだと城を脱出し、喜一朗の家に飲みに行っていた。


「わたくしに、なに用ですか?」

「一緒に寝たいのじゃ。昔のように」

 蛍子にそう言われ、彰子は昔を思い出し嬉しくなった。

「よろしいのですか?」

「もちろん。それ故、打ち掛けは要らぬ」

 彰子は主に従い、寝間着姿で出なおした。
蛍子の隣の布団へ入り、しばらく昔話に花を咲かせた。
 夜も更けた頃、蛍子はかねてから話そうと思っていたことを切り出した。

「彰子。良鷹の妻になるか?」

 突如こう言われた彰子は、驚き言葉が出なかった。
すると、蛍子が続けた。

「……隠す必要は無い。そなたがあの男を好きなのはとうの昔にわかっておる」

「しかし……」

「しかし、なんじゃ?」
 
 蛍子は侍女に問い詰めた。

「わたくしは、奥方さまに仕える身。色恋沙汰は……」

 口ごもった彰子をじっと見て、蛍子は低く言った。
好きな気持ちを抑えているのが眼に見えていた。
 
「生涯を屋敷の奥で、妾に捧げる気か?」

「……はい」

 その日の彼女の行動を蛍子はすべて把握していた。
藤次郎から借りた『影』を使い、二人を見守らせ、一部始終を報告させていた。
 恋を諦めようとする侍女を蛍子は止めた。

「それは許さぬ」

「どうしてでございます? わたしは……」

「そなたが一生を捧げるのは良鷹じゃ。妾には真菜が居る」

 長年苦楽を共にしてきた侍女に幸せになってもらいたい彼女は、どうにかして頑固な彰子を動かそうと語気を強めてそう言った。
 真菜は生涯を蛍子に捧げると誓い、もうなにをやっても動きはしなかった。

「しかし……」

 頑固な彰子は再びその言葉を口にした。

「彰子。『しかし』が多い」

「申し訳ございません」

 縮こまってしまった彰子を丸めこみにかかった。

「彰子。藤次郎も妾も真菜もそなたが良鷹の妻になることに賛成じゃ。誰も止めはしない」

「しか……。そうでございますか?」
 
 止められた言葉が出かかった彰子はそれを飲み込み、言葉を変えた。
嬉しい言葉だったが、問題が残っていた。
 蛍子はそれを良くわかっていた。

「良鷹は今日の段階ではどうにかなりそうなのであろ? 問題は瀬川家じゃ」
 
「え? 奥方さま?」

 彰子は主の言葉に引っかかり、彼女に声をかけた。
しかし、蛍子は全く悪びれず美しい顔に笑みを浮かべてこう言った。

「……さて。今日の良鷹との逢引を詳しく聞かせてくれぬか?」

 彰子は激しくうろたえた。
興奮冷めやらぬ彼女は、赤くなり、布団の中に隠れてしまった。

「ご容赦を……」

「ダメじゃ。寝てはならぬ」

 その晩、彰子は『宿直』本来の仕事同然、一睡もできなかった。
 
作品名:われてもすえに… 作家名:喜世