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われてもすえに…

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藩主、磐城信行と良武ぐらいしか知らないはずの姫の話。
 どこから漏れ、政信に行ったのか見当がつかなかった。

 良武が窮地に追い込まれたのを見た初音は、手をたたき親子の押し問答を中断させた。

「はいはい。そこまでで終わりにしてください。小太郎、良くできました」

「ありがとうございます。母上」

「喜一朗さま、弟をここまで鍛えていただき、ありがとうございました」

「いえ。これは小太郎自身の努力の結果。私はなにも……」


 四人で和気あいあいとしていたが、良武だけ状況が把握できず混乱していた。

「……小太郎? どこに小太郎が居る?」

「ですから、貴方の眼の前です」

 妻の言葉を彼は信じなかった。

「違う。この男は……名前は何だった?」

 目の前の小太郎に、聞いた。

「瀬川小太郎良鷹でございます」

 小太郎は真面目に父に向かって名を名乗った。

「そうか。瀬川小太……。は!?」

 眼を皿のようにして驚く父に、再び小太郎ははっきり丁寧に言った。

「父上、小太郎です」

 すると、良武はさらに取り乱した。

「……嘘をつくな。これの、これのどこが十歳の子どもだ!?」



 初音と絢女が説得し始めたが、良武は中々信じようとはしなかった。
家族にしかわからない会話をし、足に残る傷跡を見せたところようやく理解を示した。
 彼は愕然とした様子で、変わってしまった息子を眺め、歳の割に小柄だった息子が、
知らないうちに大きな男に変わっていることに驚いていた。
 
 どうにか落ち着いた瀬川家の面々は皆で昼餉をとった。
その後、喜一朗は絢女と二人で庭に散歩に、母は下女の手伝いにそれぞれ行ってしまった。
 部屋には父と息子のみ。
 すこし居心地悪そうにしていた良武だったが、小太郎に持ちかけた。 

「……まぁ、せっかくだ。剣術でもするか?」

「あの、あまり激しいのはちょっと……。母上に怒られる」

「なんでだ?」

「刀傷の瘡蓋がやっとできたの」

「刀傷? 何やったんだ?」

「通り魔成敗」

「……お前があの通り魔やったのか?」

 良武は驚いた顔をした。
それに小太郎は気付いた。

「知ってるの?」

「街中で話題になっていた。若い男が倒したと騒いでいたが、お前だったか」
 
 知らないうちに噂が回っていることに小太郎は驚いたが、事実に尾鰭がついては困るので
父には正しく報告することにした。

 二人で話をしているうち、父と子の間の空気は元に戻っていた。
そこで、今度こそ剣術稽古ということになり、庭に出た。
ここでも、良武は驚いていた。

「……俺よりでかい」

 そういう父を見た小太郎は気付いた。
父の背を優に抜いていた。
 
「本当だ……。申し訳ありません」

 見下ろすのは失礼だと思った小太郎はとっさに謝った。
しかし、父は笑顔だった。

「謝る必要はない。男は大きい方がいい」

「はい」

 再び息子を眺め、良武は笑みをたたえたまま、呟いた。

「しかし、こんなもんだったのに、あと八年でそんなに大きくなるんだな。安心した」

「はい。父上」

 そう礼儀正しく返事をすると、良武は目をそらしぼそっと言った。

「……やっぱり、なんかくすぐったいな」

「なんで?」

「……お前がそんなに立派になると思うと、嬉しい。さて! どこからでもかかってこい!」

 くすぐったさ、こそばゆさを吹き飛ばすように良武は威勢のいい声を上げ、息子の一手を待った。


 その日、良武は始終機嫌がよかった。
小太郎相手に剣術稽古、槍術などいろいろやって楽しんだ。
 仕舞には、父子は一緒に風呂に入った。
男同士、背中の流しあいをして、楽しい時間を過ごした。
 酒だけは初音に止められたせいで酌み交わせなかったが、将来の楽しみということで我慢した。


 家族皆がそろった日常が瀬川家に戻りつつあった。

 
 




 次の日の朝方小太郎は夢を見た。
 それはあの神様が出てきた夢。しかし、神様は妙なことを言った。

『お前の姿を戻す。しかし、わしの目的はまだ終わっておらん。』

『どうすればいいのですか?』

『そのうちわかる。それまで待て。』

『え?』

『それ、子どもに戻すぞ。』

 再び、あの日の朝覚えた痛みと同じ痛みが小太郎を襲った。


「うぅ……。痛い……」

 思わず声を出した。耳に届いたその声はやけに高かった。

「あれ? 声が……」

 はっとして飛び起きると、昨晩はちょうどよかった寝巻が大きすぎて肌蹴ていた。
身体の隅々を確認し、ようやく状況を把握した小太郎は声を上げた。

「戻った!」

 すばやく元の自分の着物を引っ張り出し着込み、部屋を出た。
目指すは姉、絢女の部屋。

「姉上。おはようございます!」

 部屋の前で、中にいる姉に声をかけると驚いた声が聞こえた。

「小太郎!?」

「はい! 元に戻ったよ!」

 次の瞬間、大慌てで出てきた絢女に小太郎は捕まえられた。

「スベスベモチ肌、小さい小太郎だわ! 可愛い小太郎だわ!」

 頭を撫でられ、ほっぺたを抓まれ、頬ずりされた。
あまりに激しい姉の猫可愛がりに辟易し、離れようとした。

「うるさい! 可愛いって言うな!」

 しかし、子どもに戻った小太郎の身体は小さすぎ、細すぎで力がなく、抜け出すことはできなかった。それをいいことに絢女はさらに強く小太郎を抱きしめ、撫でまわした。

「怒っても怖くもなんとも無いわよ。小太郎ちゃん。今晩一緒にお風呂入りましょうね」

 小太郎の裸を見て大泣きしたことなど忘れ、平気でそういうことを言う姉に小太郎は呆れた。
そして思いっきり拒否した。

「絶対イヤだ! もう姉上とは入らない!」

 


 その日、小太郎は皆に可愛がられた。
皆子供扱い。それ故、彼はあまり機嫌が良くなかった。
 母から抱きしめられ、父は抱き上げて肩車。
下男は小太郎に朝なのに甘いおやつを持ってくる。
下女は必要ではない着替えを手伝おうとする。
 散々だった。

 朝からのそんな激しい扱いに疲れた小太郎は久しぶりの学問所と道場に向かうべく、家を早々に抜け出した。

 道中、出仕途中の喜一朗に会った。
彼だけは普通の態度だった。
 挨拶もそこそこ、少し安心した顔で言った。

「おっ。小太郎戻ったか!」

「はい。でも、皆がうっとおしくって……」

 すると、彼は少し笑いながら言った。

「姉上におもちゃにされたか?」

「はい。母にも、父にも……」

「仕方ないだろう。久しぶりの姿なんだから」

「義兄上だけです。普通の態度なの……。あっ」

 喜一朗のことをついうっかり『義兄《あに》』と言ってしまい、しまったと思ったが、喜一朗を見やると嬉しそうな表情だった。

「もう俺はお前の兄貴だからな。小太郎。俺は嬉しいぞ、お前が弟になるのが」

「私も、嬉しいです、喜一朗殿が兄上なのが」


 気付くと、学問所のすぐそばだった。
そこで二人は別れた。

「頑張れよ。八年後に俺と屋敷まで一緒に歩けるようにするんだぞ」

「はい。必ず約束は守ります!」

「じゃあな!」

「殿に、よろしくお伝えください!」
作品名:われてもすえに… 作家名:喜世