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われてもすえに…

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【28】 約束



 喜一朗が説得に来てから三日後、突然屋敷から文が届いた。
差出人は人目を憚ってか『藤次郎』。間違いなく政信だった。
 
 包みの中にはただ一つ、短冊が入っていた。

『瀬をはやみ 岩にせかるる 瀧川の』

 上の句のみ。
これを手に、小太郎は頭をひねった。
 家出中に城で散々文献を漁ったが、ほとんどが漢詩や兵法、歴史書など。
 小太郎はこれから本格的に和歌などの文芸を学ばなければいけなかった。
  
 一人で悩んでいると、絢女がお菓子を手に小太郎の部屋にやってきた。

「なに見てるの? 見せて」

 絢女に短冊を取られた。
彼女はなぜか笑みを浮かべながら言った。

「これ、彰子ちゃんに贈るの? 案外やるわね」

「違うよ。殿から送られてきたんだ」

 すると、姉は驚いた顔になった。

「これ、普通は女の人に送る詩よ」

「……そうなの? でも、なんで上の句だけ? 下の句は?」

「自分で調べなさい。お勉強になるから」

「……はい」

 再び手に戻ってきた短冊を見て、小太郎は閃いた。

「そうだ。これ江戸の姫様に贈ったんだ。贈り先間違えたんだ」

 男が女に贈るといえばそれくらいしか思いつかない。
しかし、絢女は他の可能性を考えていた。

「そう? 案外本来の意味とは違う意味で貴方に贈ったのかもしれないわよ」

 その言葉に、小太郎は念のために和歌を調べることにした。

「……姉上、後で詩の本貸してくれる?」

「わかったわ。わたしの部屋に取りに来なさい。……それより、良いものあるわよ」

「なに?」

「お茶の先生からお菓子いただいたの。食べる?」

 手に持っていたのは、上品な生菓子だった。
甘いものが好きな小太郎は喜んだ。

「食べる! そうだ、姉上。お茶を点てていただけますか?」

 菓子には茶が合う。江戸でそれを学んだ。

「あら、お茶のお作法覚えたの?」

「うん。彰子ちゃんから基本を教えて貰った」

 うれしそうに言う小太郎に絢女は不敵な笑みを浮かべて言った。

「では、お手並み拝見といきましょう。良鷹さん」

 その挑戦を小太郎は受けて立ち宣戦布告をした。

「お手前拝見つかまつる。絢女殿」




 
 茶の闘いは引き分けに終わった。
互いにボロが出て、ああでもないこうでもないと言い合う結果になった。
 美味しくいただくのが一番と、結局二人で仲良くいただいた。

 そして小太郎は書物を借りて短冊の詩を調べた。
しかし、いまいち意味がわからなかった。
 そして、うっかり短冊を本の間に挟んだままにして、その存在を忘れてしまった。
 
 
 そして五日後、再び小太郎の元に文が届いた。
今度も差出人は藤次郎。
 文を開いたとたん小太郎は驚いた。

『無視するな。今すぐ出仕しろ。』
との殴り書き。
 普段の若様らしい達筆とは程遠い、力任せ感情任せの汚い文字。
ついでに浮船の長ったらしい文が付いていた。
 そこにも即刻出仕しろとの文句が。

 退職したはずにもかかわらず、出仕の要請。
受理されてないのではと不安に駆られたが、屋敷に足が向きそうもない。
 そこで小太郎は悩んだ末、母に相談しようとした。
しかし、彼女は留守だった。寄りによって姉も不在。
 亀の甲より年の功。
そう思った末、いまだ寝込んだままの下男、吉右衛門に相談することにした。

 大分体調が良くなった吉右衛門は小太郎の見舞いを布団の上で起き上がって受けた。
そして小太郎の相談に乗った。
 彼は躊躇うことなく、小太郎に出仕を促した。

「若。お行きなさい」

「……でも」

「その文、若君様は若を呼んでいるのです。行かねばなりません。
恐れてはいけません。あの利発そうな方が若を罰したりなど決してなさらないはず。
 それに、しっかりけじめをつけねばなりません。二度と出仕しないなら、はっきりと告げる。
またいつか逢うのなら、その約束をする。どちらかをしなければなりません」

「……わかった」

 吉右衛門の言うとおりに、小太郎は出仕した。
主に一度詫び、再び暇乞いをすることに決めた。
 小太郎は自分は主に、お払い箱にされるに違いないと思っていた。
喜一朗から政信が心配していると聞いてはいたが、それは『良鷹』に対するもの。
子どもの『小太郎』ではないはず。
 少し寂しかったが、仕方のないことと開き直った。


 屋敷に到着するや否や、奥に通され浮船から尋問を受けた。
なぜ出仕しなかったのかを簡潔明瞭に説明しろ言われ。ありのままを告げたところ怒られた。
 ひたすら謝るしかなかったので、謝り続けた所解放された。
 
 しかし、それで終わらなかった。 
彼にはお目付からの長ったらしい説教が待っていた。
 退職届は正式に受理されていなかったらしく、無断欠勤とみなされ、始末書を書くはめになった。

 それらをすべて終えてようやく、主との対面になった。
部屋の隅で待っていると、政信は喜一朗を連れてやってきた。


 政信は上座に着くと、畏まって頭を下げたままの小太郎に声をかけた。

「……面を上げよ」

 しかし、小太郎は上げなかった。
怖くて、主の顔を見ることが出来なかった。

「……上げろ。良鷹」

 少し乱暴になった口調に、小太郎はしぶしぶ従った。
しかし、眼は見なかった。

 すると、低い声で政信が言った。

「……お前、俺を無視したな?」

「あの、文は今日来ました。文の通り出仕しました。ですから、無視ではありません」

「それはそうだが、その前の短冊、無視しただろ?」

「えっ? あっ! ……しかし、あの短冊は送り先を間違えたのでは?」

「は? なんで?」

「姉から、あれは男が女に渡す詩と聞きました。……それに、意味がいまいちわかりませんでした。勉強不足なので」

 呆れた顔をする主を横目に、喜一朗は言った。

「……小太郎、殿は本気だ。間違えた訳じゃない。意味は、殿から聞け」

「はい」

 すると、喜一朗は廊下に控えている女中を邪魔に思ったのか、人払いをした。

「喜一朗以外下がれ。当分戻ってくるな」

 すぐに命令がいきわたり、部屋には主従三人のみ。
静かな空間だった。
 その空気を破り、政信が少し眼を伏せながら言った。

「……あれはな、お前に、戻ってきて欲しかったんだ。そういう意味で、送ったんだ」

「しかし……。私は……」

「……お前の事、もう一度聞かせてくれ。全部信じるから」

 あの晩、『嘘を言うな』と怒鳴り散らした主は居なかった。
少し怯えているかとも思える男が小太郎の前に居た。
 そんな主に、彼は真実を話すことを決心した。
深呼吸し、心を落ち着かせると結論から述べた。

「……私は、十八ではありません。十です」

 すると、不思議そうな表情で質問が帰ってきた。

「……だが、お前の姿は、子どもじゃなくて大人だろう?」

「はい。見た目だけは……。姿だけは十八です」

「……どうして、そんな姿になった?」

 家族以外に知られていない、あの話をすることにした。
包み隠さず、すべての真実を告げる事に決めていた。

「……殿にお会いする数日前、ある祠に願掛けいたしました」

「なんて?」
作品名:われてもすえに… 作家名:喜世