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数式使いの解答~第一章 砂の王都~

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《第一幕》ボーイ・ミーツ・ガール


 王都ダランベール。
 世界有数の規模を誇る軍事大国、ノーベルの首都だ。
 周りは砂漠に囲まれており、天然の要塞として機能することが知られている。
 その郊外の裏通りで、一人の少女が駆けていた。服の上から旅には欠かせないローブを羽織っている、十七歳くらいの女の子だ。フードはしておらず、短く切った金髪が風になびいて煌く。
 彼女は息を切らせながら裏路地を走り抜ける。
 それを追いかける影は四つ。手には鈍く光る剣。薄汚い姿をした、盗賊である。
(……何だっていうのよ、もう!)
 そんな風に心の中でごちた。
 それはそうだろう。
 砂漠を越えるための長い道のりには多くの盗賊がおり、一人でいる旅人にとっては、最も避けたい場所のひとつになっている。
 そこをどうにか越え、切れてしまった数式符を補充しようとしたところ、このように普段なら一蹴できる盗賊に追い掛け回されるという、なんとも不幸な状況である。
 溜息や愚痴のひとつぐらい、言いたくなって当然だ。
 旅の汚れはついているが端整な顔を後ろに向け、左右の色が違う瞳で、キッと盗賊をにらみつけた。
 しかし、盗賊たちは止まらない。
(……使いたくはないけれど、使うしか、ないか……!)
 そう決心し、『ソレ』を使おうとする。
 そのときだ。少女と同じくローブをまとった影が、突如として現れたのは。
 盗賊たちがその影に斬りかかる。
 一番前の盗賊が、気勢を上げて剣を縦に振った。しかし刃は右の手甲で弾かれ、体勢を崩す。がら空きになった腹に強烈な蹴りを打ち込まれ、後ろに来ていた盗賊一人を巻き込み、倒れる。
 それを飛び越えた盗賊の凶刃が迫る。今度は振るのではなく、突いてきた。だが、左手に握った剣で流し、顔面を殴りぬいた。
 一瞬の隙ができ、そこを狙った盗賊が剣を投擲。弾けば後ろの少女が危険だ。一秒にも満たない時間でそれを判断し、その影は脚につけたホルスターからカード状のものを取り出して剣に挿し込んだ。
 ――瞬間、空気の割れる音が生じた。
 剣は、何もない虚空に衝突し、金属特有の高い音を発して、ポトリ、と地面に落ちた。
「てめえ、数式使いか!?」
 そう叫ぶと同時、影は盗賊に向かって踏み込み、剣を喉元に突きつけていた。
「答える必要、あるか?」
 盗賊は言葉の代わりに首を横に振って返答をする。
「――じゃあ、後は仲間と一緒に帰ってくれ」
「は、はい……。し、失礼しました!」
 盗賊は首に向けられていた剣がしまわれると同時に、仲間を回収して走り出す。一分とたたないうちに、盗賊の姿は消えた。
 影――少し癖のついた黒髪、漆黒の瞳、少女と同じくらいの年と思われる少年――は少女の方を向き、口を開いた。
「大丈夫だったか?」
 これが、少年ローレンツと少女ミリアの、はじめて出会った瞬間だった。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「ふーん。じゃあローレンツ君は何でここに来たの?」
 酒場(パブ)の一席に腰掛け、ミリアはそう訊いた。
 ローレンツはエールを片手に、さっき頼んだ軽食をつまみながら答える。
「俺は……そうだな、ちょっとダランベール王に用事でね」
 素っ気無くそう言った。
 一人旅が長く、あまり他人と会話したことがないのかもしれない。そんなことをいうと変わっているように思えるが、そうではない。
 一人旅において出会った人々と親しげに会話するというのは、もう二度と会えないだろう人と親しくなることを意味する。そのことをわかった上で、旅先の人々と気軽に会話できるだろうか?
 答えは否だ。
 もちろん例外も中には存在するし、例外になろうとする者がいることも確かである。
 だが、その大部分は一年を待たずにそれを諦めてしまうのだ。
 そのことを考えるとミリアは例外であった。
 彼女はそれほど長く旅をしているわけではない。長く見積もっても二年から三年というところだろう。しかし、彼女は未だ、親しげに会話することを続けている。
 それはやはり、彼女が例外であることを示していた。
 ミリアはローレンツの様子を見て、
「へえ……ところで、さっきはありがとね。助かったわ」
 満面の笑みで言った。
 ローレンツはにわかに赤らんだ頬をポリポリと掻き、
「……気にするな」
 とだけ言った。
 ローレンツがふと壁にかけてある時計を見ると、短針が十一、長針が十を指していた。
「――そろそろ王に謁見する時間だ。俺は行くけど、ミリアはどうする?」
 思えばこのとき、ローレンツは自分らしからなぬ行動をしていた。
 一人旅を五年以上続けている彼にとって、人の行動をたずねるというのは、片手に数えるほどしかない。しかも、人とあまりしゃべらない今のスタイルを確立してからは、おそらくはじめてのことだった。
 そんな彼のことはいざ知らず、ミリアは、
「わたしもついていっていいかな?」
 と、即答していた。
「ああ、一緒に行こうか」
 それに対するローレンツの返答も、ミリアと同じく即答であった。