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数式使いの解答~第一章 砂の王都~

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《第六幕》戦いの詩


 ロピタルが停止した衝撃で我に返ったローレンツは、その様子をロピタルの上から確認した。
(……俺も、動かなければ……!)
 そんな思いが募る。
 だが、完全なる防御機構を備えたロピタルに、攻撃は意味を成さない。なら、どうすべきか。思考を止めず、思索へと変化させる。そこには既に、私意の混じる余地は無かった。そして、思い出すかのように閃いた。
「そうか、砂だ!」
 一言そう言うと梯子を駆け下り、無地のプレートに新たな数式を書き込んでいく。
 書き込んだプレートを投げ、ロピタルの四方を取り囲んだ。
 完成したのは数式陣。陣内部であればどれだけ広範囲であろうと効果を及ぼすという、強力な物だ。
 そして、数式名は――、
「"パスカル"!」
 言葉と同時、陣全体に多大な圧力がかかった。だがロピタルには、なんの効果もない。
 効果は、ロピタルの足元に現れていた。
 地面が、沈む。砂が圧に耐え切れず、陣の外へ外へと行っているのだ。
 徐々にロピタルが穴の中に沈んでいく。
 しかし、ロピタルはそんなことを気にしていないのか、ただただダランベールへと進もうとしている。
 やがて、ロピタルの体は完全に砂に埋もれた。ローレンツが陣を解除すると、一気に穴へと砂がなだれ込み、ロピタルを埋めた。
 ロピタルの姿は、すでに確認できない。見えるのは、砂ばかりだ。
 それを確認すると、ミリアは数式を解除した。
 はあぁ〜、と長い溜息を吐き、地面にへたり込む。
「大丈夫か、ミリア!」
 ローレンツがすぐさま駆け寄り、その身体を支えてやる。
 額には玉のような汗がいくつも浮かび、呼吸も深く激しい。
「――無茶をして……」
「えへへ。ごめんね、心配かけて」
 ちょび、と舌を出して笑いながら言う。
 ローレンツは何も言わず、ミリアを抱く力を少し強めた。
「おーい、大丈夫かー?!」
 後方、ギリギリ視認できる程度の距離から声が届く。
 声の主は、昼間ローレンツと決闘をした武官である。彼の後ろには、彼と似通った装備の兵士が何人も付いてきている。
 いくら街の外とは言え、あれだけ派手に戦ったのだ。騒ぎを聞きつけて来たのだろう。
 武官が、戦い傷ついた二人に駆け寄る。そして、どうしたのか、そう訊こうとした瞬間――。
 武官の目に、巨大な手が映った。
 それはローレンツの後ろ、何もない砂漠から生えている。
 先ほどまで、そんな物は存在しなかった。少なくとも、彼の視界内には無かったはずだ。
 だが、現に今、それはそこにある。
「――小僧、後ろだっ!!」
 何なのか、どんな物なのか、そんなものはどうだっていい。
 ただ、いやな予感しかしないそれが、危険でない理由は無い。
 そう思ったとき、彼はローレンツに向けてその言葉を放っていた。
 ローレンツが背後の手に気づき、その場を跳んだ直後、それは全身を現した。
 砂漠が割れ、はじめに腕が出てきた。
 その腕は砂漠の柔らかな土に手をかけ、体を持ち上げる。
 腕の次に出てきたの頭だ。続いて胴。
 脚のときに少し手間取っているのは何故かと思ったが、その疑問はすぐに解消される。
 人間らしかったのは上半身のみで、下半身は箱のような物にタイヤをつけただけと言う、なんとも無骨な物だったからだ。
 そんな下半身では出てくるときに苦労しても仕方ないだろう。
 武官や兵士、そこにいた人々は暢気に、そんなことを思ったのだ。
 だがそれは、余裕から生まれたものでは無い。
 逃避。
 ロピタルなどという"天災"がこの街に来た、その事実を受け止められぬ心が生んだものだ。
「――――――!!」
 ロピタルが咆哮をあげた。大気が振るえ、地面が揺れる。街全体に響いたそれは、破壊のプレリュードだ。
 天災が、とうとうダランベールに脚を踏み入れた。

 ローレンツはその様子を横目に、ロピタルの攻撃範囲外へと急いでいた。
 息を切らせ、ミリア擁(いだ)き駆ける。ふと、ミリアが声を上げた。
「ローレンツ君、どこに向かってるの? ロピタルは、あっちだよ」
 力なく腕を動かし、指を後ろへと向ける。
 ローレンツは腕に力をぐっと入れ、
「いいんだ。もう、いいんだ」
 言葉にならない。
 顔をくしゃくしゃにして、呟くことも、涙を浮かべることもしない。
 だけど、ミリアにはそれが泣き叫ぶように見えた。
 彼女は、走るローレンツの顔に手を添え、見えない涙をすくう。
 自然と、ローレンツの脚が止まった。
 膝からゆっくりと、崩れるように座り込む。
 ミリアはローレンツの頭を抱えるようにし、ギュっと、抱きしめた。
「大丈夫だよ。わたしは、ローレンツ君が何を怖がっているのかわからない。けど、何も怖がらなくていいんだよ」
 そっと、耳元でやさしく囁く。
 ローレンツは、ミリアの腕で泣いた。
 心から安心して流す涙は、どこか温かかった。

「ありがとう……もう大丈夫だ」
 そう言ってローレンツは顔を上げた。
 さっきまでの歪な少年の顔はなく、そこにあったのは勇気を湛えた青年の顔だ。
「うん、大丈夫そうだね。わたしはしばらく動けないけど、ローレンツ君はまだいけるよね? ……じゃあ、まだできることをやってきて。そして、必ず帰ってきて」
 彼女の瞳を見つめ、ローレンツはコクリとうなずき、立ち上がった。
 そして、彼はミリアの視線を背に受け、ロピタルの方へと走り出す。
 迷いの無い一歩は、確実に彼の身を進めていた。

「チッ! 守護用の大盾はまだか!?」
「おい、土嚢か岩をもっと持って来い! 少しでも被害を抑えろ!」
「救護の人が足らねぇぞ! 誰か医者を探して来い!」
 ロピタルの侵攻から街を守るため、騎士軍は奮闘していた。
 しかし、ロピタルは天災なのだ。人間ごときがいくら善戦したとして、それは児戯にもならない。
「――――――――!! ――――!」
 ロピタルは時折、天を割るような叫び声を轟かせ、街を蹂躙して進む。

 それは歩く。その度に地面は抉られ、深い轍を足跡として刻みつける。
 それは薙ぐ。その度に家屋が崩れ、吹き飛んだ残骸が更なる犠牲を生む。
 それは叩く。その度に粉塵が舞い、潰された者は悲鳴すら許されない。
 その姿を見た誰かは言った。あれは天災だと。
 だが、それは一面でしかないだろう。
 それを間近で見た人々は言う。あれは、天災の名をもつ、化け物だと――。

 化け物はついにその歩みを止めた。
 口内に設置された、数式砲を撃つ準備のためだ。
 それを防がんとすべく、武官は指示を飛ばしていた。
「おい、攻撃部隊は何をしておる!? 準備はまだできんのか!」
「攻撃部隊、準備完了しました!」
「よし、今すぐにでも攻撃態勢に入れ!」
 武官がそう言ったときだ。
 横から口が挟まれた。
「ちょっと待った!」
 武官が声のした方へと顔を向けると、そこには息を切らしたローレンツの姿があった。
「小僧、いったい何のつもりだ!」
「はぁ、はぁ、はぁ。――あいつ、ロピタルに攻撃は無駄だ。あらゆる外力は分散、反射される」
「なに!? では、どうしろというのだ!」