小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

龍虹記~禁じられた恋~最終話【龍になった少年】

INDEX|2ページ/5ページ|

次のページ前のページ
 

 その日の夜、千寿の寝所への嘉瑛のお渡りはなかった。
 婚礼の夜以来、夜伽から解放されたのは、これが初めてであった。その夜、千寿は久しぶりに朝まで一人でゆっくりと眠ることができたが、何故、嘉瑛が自分を抱かなかったのかと気がかりではあった。
 やはり、嘉瑛が昼間、訪ねてきたときの千寿の態度が気に入らなかったのだろうか。
 それにもう一つ、嘉瑛の唇が髪に触れた時、一瞬、身の内を駆け抜けたあの不思議な感覚は何なのか―。閨で嘉瑛に抱かれれば、身体は敏感に反応するけれど、本音を言えば、その感覚を快いとか気持ち良いと思ったことは一度もなかった。むしろ、自分の体内で他人の身体の一部が蠢いているかと思えば、気持ち悪いだけだ。千寿にとって、与えられる刺激に反応することと、悦びとは全く別次元のものだった。ただ一刻も早くこの汚辱の時間が終わって欲しいと、いつも祈るような気持ちで男に組み敷かれていた。
 だが、あの日の感覚は、明らかにいつも感じるものとは異なっていた。
 快、不快と区別して考えれば、あれは確かに快に近いものだと言えるような気がする。
 自分はおかしい。大嫌いな男に触れられて、それを快いと感じるなんて、どうかしている。
 その翌日、千寿はずっと戸惑いを抱えながら過ごしていた。
 夕刻、千寿は縁に座り、ぼんやりと庭を眺めていた。膝の上に両手で握りしめているのは、海芋の花を描いた絵である。
 巻き貝を彷彿とさせる形のこの花を千寿は子どもの頃から大好きだった。清楚でありながら、凛とした誰にも譲らぬ強さを秘めている。母がこよなく愛し、妹もまた大好きだった花。
―帰りたい。
 千寿の眼に涙が溢れた。
 懐かしいふるさとへ、海芋の群れ咲く美しき国、白鳥の国へ帰りたい。
 いや、帰れるものならば、あの時代に戻りたい。千寿は海芋の咲く庭ではしゃいで飛び跳ね、父は万寿姫を腕に抱いている。そんな和やかな光景を母が微笑んで見つめていた―あの日。
 この木檜の国にも海芋の花は咲くけれど、この国で見る光景は、故郷のものとは違う。
 一度溢れ出した涙は止まらない。
 雫が次々に溢れ、白い頬をつたって、海芋の花の絵を濡らした。
 折しも、残照が今日一日に終わりを告げようとしている。西の空の端が茜色から菫色、紺色と次々に色を変えていた。
 つがいの鳥なのか、二羽の鳥が互いに寄り添い合うようにしながら、夕焼れ空を渡ってゆく。既に夜の色に染まり始めるた空に、二羽の鳥の影が黒々とした影絵のように濃く、はっきりと映じていた。
 あの鳥たちは、どこに帰るのだろう。
 もし、自分にも翼があれば、ここを飛び出して、白鳥の国にまで帰れるのに。
 そう思うと、余計に泣けてくる。
 ふいに、傍らに人の気配を憶え、千寿はハッと顔を上げた。
 慌てて手のひらで涙をぬぐう。
 嘉瑛が感情の窺えぬ瞳で、千寿を見下ろしていた。
 嘉瑛はしばらく何も言わずに佇んでいた。
 懐手をして、空を眺めている。
 嘉瑛の眼にも、あの二羽の鳥は映じているのだろうか。
 ふと、問うてみたい気になった。
 と、唐突に声が降ってくる。
「そんなに帰りたいか」
 視線はあくまでも空に向けたままで、嘉瑛は明日の天気の話をするような口調で言った。
 帰りたいとも言えず、千寿はうつむく。
「この国の海芋の花も美しいが、そなたの生まれ故郷に咲く海芋もまたさぞかし美しかろうな」
 その言葉は、何故か千寿の心に何かを落とした。
 嘉瑛はそれ以上、口を開くこともなく、二人は並んだまま空を眺め続けた。
 空は既にすっかり宵の色にうつろっている。二羽の鳥はどこに消えたものか、その姿はどこを探しても見当たらなかった。
  
 その夜、嘉瑛は再び千寿の許を訪れた。
 夜半から生温かい風が吹き始め、暗雲が空に重く垂れ込め、雨まで降り始めた。
 どうやら、季節外れの嵐になったらしく、外は荒れ狂う風雨で騒がしいほどになった。
 だが、深い水底(みなそこ)を思わせる閨の中は森閑として、外の嵐が嘘のようである。
 嘉瑛の唇が、千寿の白い身体の感じやすい場所を丹念に辿ってゆく。
 数え切れぬほど触れられ、千寿の身体を知り尽くした男の指だ。
 白い華奢な身体が、ほのかな桜色に染まる。
 嘉瑛は、なめらかな胸の先端から臍の窪み、下腹部へと指を這わせ、丁寧な愛撫を与える。
 そのようなささやかな刺激によっても、千寿の研ぎ澄まされた五感は敏感に反応する。
 あえかな吐息を洩らし、身を捩らせる千寿を嘉瑛はわずかに眼を眇めて見つめた。
「こんなに乱れて。そなたは感じやすい身体をしておるのか、それとも、初めから思うておったが、そなたと俺は身体のの相性が良いのかな?」
 淫らな言葉を耳許で囁かれ、千寿の頬が羞恥で更に紅く染まる。
 身も世もない風情の千寿を言葉によっても嬲り、犯すのが愉しくてならないようだ。
 嘉瑛は、十分にその反応を堪能した後、今度は千寿の身体を引っ繰り返した。
 うつ伏せた千寿の背中には、今なお消えぬ烙印が捺されている。それは、他ならぬこの男―嘉瑛自身の名前であった。
 酷(ひど)い火傷の跡のように、傷痕はくっきりと紅く残っている。白海芋の花のような透明な膚にその箇所だけ、紅く浮かび上がっているのは憎い男の名であった。
 嘉瑛の手がその傷痕に優しく触れた。
 疵を癒やすように、千寿の心を宥めるように、男の手は白い背中に浮き出た紅い文字をなぞる。
 いつもとは異なる嘉瑛の思いがけぬ優しさに、千寿は戸惑う。当惑しながらも、背中を撫でる手のやわらかさにこのまま何も考えずに身を委ねていたいと思った。
 指先だけでなく、唇を使って嘉瑛はその傷痕を丁寧に辿った。嘉瑛の唇が紅い傷痕を這う。背中だけにとどまらず、腰、更に形の良い双丘、両脚の太股と、唇は次第に下へと向かう。
 嘉瑛は千寿に触れることに刻を惜しまない。丹念に時間をかけて、一つ一つ、触れながら、やわらかくほぐしてゆく。
 その度に、男の唇が触れた場所に火が点ってゆく。その火はやがて大きな焔となって烈しく燃え上がり、千寿の身体を灼き尽くしてゆくのだ。
 太股を舐め上げられ、千寿は思わず悲鳴を上げた。その声は自分でも厭になるほど、艶めいており、到底、自分の声だとは思えない。
 嘉瑛は千寿の反応に満足げな笑みを刻み、唇を太股に這わせながら、腕を伸ばした。
「あ、ぁああっ」
 突如として、双丘の奥へと指を突き入れられ、千寿の身体が魚のように撥ねた。あまりの衝撃に、眼の前が真っ白になり、景色がぼやけた。
 悪戯な指は飽くこともなく、千寿の最も感じやすい部分を執拗に行ったり来たりしている。太股を舌で愛撫されながら、更に秘められた狭間をも指でかき回されては、ひとたまりもない。
「うっ、ああっ」
 千寿は、自分の身体中を駆けめぐる震えが何なのか判らぬまま、声を上げ、褥の上でもんどり打った。
「そんなに気持ちが良いのか? 俺の指を食いちぎらないでくれよ」
 下半身を妖しい感覚が突き抜ける度、千寿の奥は男の指をきつく締め上げる。情事の熱で潤んだ瞳を動かし、千寿は懸命に嘉瑛を見上げた。