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株式会社神宮司の小規模な事件簿

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 嘉代子嬢はちらと彼を一瞥しにっこり微笑んだ。彼女は大概の顔の良い男に信用を置いていなかったが若松氏には好印象を覚えた様であった。というのも彼にはそういった類いの男に有りがちな見下した感だとか根拠の無い自信だとかが一切見られなかったからである。若松氏の両親の正しい教育の賜物も無論有りようが、日常的に滅多には見受けられない程の美貌の持ち主…つまりは東一郎氏…を見て過ごしているからしてそうも傲慢に成りようが無かったのかもしれない。
 さて、そんな風にして無事双方が御対面となった訳である。そこは流石の若松氏、己が落ち込んでいることなど露にも見せずにこやかに口を開いた。相手に気を使わせては不味いとの考えからである。
「大変お待たせ致しました。御初に御目にかかります。若松太郎と申します。」
 無論嘉代子もそれに劣りはしないにこやかな笑顔を返す。流石は紫野家跡取り娘のだけはある気品と自信に溢れた笑顔であった。
「とんでもございません。本当に素晴らしいお庭で、さっきからずっと見いって居りましたのよ。もう少しゆっくりお越し頂いても宜しかったくらいですのに。こんなに素晴らしい料亭を用意して頂いて、こちらこそ申し訳ないですわ。」
 嘉代子嬢はそう言うと茶目っ気たっぷりに微笑んだ。そんな嘉代子の気兼ねの無い様子に幾等か緊張していた若松氏もふっと頬を緩めた。
「あら、私としたら申し遅れて居りましたわね。御初に御目にかかります。紫野嘉代子と申します。」
 そこからは終始和やかに会話が続いた。仲人である西一郎氏もこれには大変な満足であった。何か劇的な展開を期待していたのも事実ではあるが。
 一通りの形式ばった流れもすみ、西一郎氏の声で若松氏嘉代子嬢二人が庭を散策していた時だった。二人並ぶ姿は美しい庭園の空気も相まってそれは絵になる一寸の隙も無い完璧さであった。嘉代子嬢はふと若松氏を覗き込んだ。きらきらと光る瞳がしかと若松氏の瞳を捕らえる。
「お気分は晴れまして?」
 若松氏はハッと息を止めた。
「…申し訳ない。気が付いて居られましたか。」
 嘉代子嬢はにっこりと微笑む。
「気になさらないで。誰にでも心憂がるものは少なからず巣くっているものですわ。無理に忘れる必要はありません。…けれども、囚われてはなりませんわ。」
 野暮天若松氏もそこでやっと気付いた。快活な嘉代子嬢にも何か鬱がせる様なことがあるのだと。二人は自然に憂い気な微笑みを浮かべ合った。突如変わった空気に部屋から様子を伺っていた西一郎氏ははしゃぎ始めた。
「何やら劇的な空気。」
 その時である。二人の真ん前楓の木の辺りに向かって人が降ってきたのは。若松氏は咄嗟に嘉代子嬢を庇った。
「何奴っ。」
 その人は額に蝋燭を付け白い着物に金槌とバービー人形を握った若い女であった。何処かで若松氏を見かけ恋に落ち何処かで若松氏の見合い話を聞きつけ何処かからやって来た何処ぞの女であった。どうやら初めは藁人形を作ろうとしていたが彼女の不器用が災いしてか納豆の藁を材料に選んだのが災いしてかどうにもぼさぼさとした藁の塊にしか成らず諦めてバービー人形にした次第であった。西一郎氏はおかしな女が空から現れたのでSECOMを呼んだ。
「おのれよくも太郎殿を。許すまじ。あな口惜しきことよ。太郎殿のあて心怨み申し上げまするぞ。しかして最に怨むべきはこの女。」
 女が金槌と間違えバービー人形をえいと振り上げた。若松氏はしかと嘉代子嬢を抱きしめバービー人形から庇う。嘉代子嬢は瞳ぱちくりとさせ甘いため息をついた。
「いてっ。」
 女はその姿を見更に怒りを募らせた。今度こそはと金槌を振り上げる。嘉代子嬢は恐怖にあっと声を上げた。しかして若松氏が金槌をその背に受けることは無かった。何故ならばその瞬間に何処からともなく一匹の鷹が舞い降りたからである。
 その巨大な鷹は優美に羽を広げ女目掛けて突っ込んだ。女はひいと悲鳴上げ泡を吹き倒れる。呆気にとられる若松氏をよそに嘉代子嬢は感嘆の声を上げた。
「剛力丸!」
 剛力丸と呼ばれたその鷹はひらとも一度舞い上がり嘉代子嬢の腕に止まった。嘉代子嬢は愛おし気にその背を撫でた。
「お前何処に行っていたの。ありがとう若松様を守ってくれて。」
 嘉代子嬢は若松氏の方へ向き直る。
「若松様にもお礼申し上げます。私の為に身を呈して下さって、お怪我はございませんか?それにこうして私の憂も払ってしまわれましたわ。」
 若松氏ははてなと顔を傾ける。剛力丸の不在を知り得なかったのだから無理も無い。
「いえ、私こそ申し訳ない。この女性がどなたかは存じませぬが私に原因が有りましたのは一目瞭然。貴女様を危険に巻き込んでしまったことお許し下さい。」
 深く頭を下げる若松氏の姿に嘉代子嬢は微笑む。そっと近付き顔を上げさせた。
「今度は私が貴方様の憂を払って差し上げなくてわね。」
 若松氏はそのきらきらとした笑顔に己が捕らわれつつあることに気付く。いつのまにやら二人の周りにはSECOMの隊員が囲み込んでいたのだった。